忘れさせ屋のドロップス
「なー?どっか行きたいとこある?」

聞き間違いかと思った。

「え?どこか……連れて行ってくれるの?」

「天気いいし、配達終わったし、暇じゃね?」

遥が話すたびに、ドロップスの甘い香りが漂う。

「でも……私でいいの?」

「何が?有桜の他にいないじゃん」

 遥が言ってるのは、自分と私しか今、この車内に居ないということを言っている。そうじゃなくて。

「その、遥の彼女は、いいのかな?私と出かけたりして……」

先程も、華菜が、遥と出掛けたがっていたのが気になった。 

「彼女?」

薄茶色の瞳が丸くなっている。

「いないけど?」 

「えっ?」

「もしかして華菜のこと言ってんの?」

頷いた私を見て、遥の目線が(そら)を見た。

「あー。何てゆーのかな。華菜は高校の後輩でさ。友達ってゆーかさ……」

赤茶の髪をくしゃっと掻くと、バツの悪そうな顔をしている。

「ま、普通の友達とはそーゆーことはしねぇよな。……俺もよくわかんねー」

そーゆーこと、とはそういう関係なんだろう。

「別に……華菜のことは俺の問題だから。有桜が気にすることでもないだろ。誘ってんの俺だし、帰りたいなら、」

行きたいところ。一つだけある。

「桜……見たい」

「え?……」

一瞬、遥が驚いた顔をしたように見えた。

「……お花見、行ったこと、ないから」

そういうと、遥は少しの間、黙っていた。

一度見たかった……見上げれば、どこまでいっても広がる淡い薄紅色の世界。私は桜をちゃんと見たことがない。お花見も一度も行ったことも、連れて行ってもらったこともなかった。

「了解」

それだけ言うと、遥は行ったことがあるのか、ナビもいれずに走り出した。



遥が連れてきてくれたのは、隣町にある、総合運動場と併設されている大型公園だった。
春休みの平日の昼間とあって、公園は思ったよりも家族連れや学生等、多くの人で賑わっている。
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