忘れさせ屋のドロップス
ひらりと、遥の赤茶の髪に、桜の花びらが舞い落ちる。
遥に思わず手を伸ばしていた。
起こさないように。
遥の柔らかい髪についた花びらに触れるーーーーその時だった。
「……那月」
目を開けた遥にその手を掴まれる。
「は……るか?」
「あ、……何?」
遥がゆっくりと、私の手首から手を離した。
「ごめん、遥の髪の毛に桜の花びら、ついてたから……」
「あ、そ」
遥は起き上がると、何ごともなかったかのように大きな伸びをした。
「帰るか」
私は遥に聞かない。聞けないのかもしれない。遥が私を見た時、泣きそうな顔に見えたから。
「ありがとう」
「何が?」
サングラスを下げると遥が聞き返す。
「連れて、来てくれて」
「どーいたしまして」
遥はいつも通りぶっきらぼうに、そう返事した。
「おかえり」
皺皺の優しい笑顔で出迎えてくれたのは吉野さんだった。お店の前で私を降ろすと、遥は車を近くの駐車場に停めに行った。先に帰った方がいいのか迷う。遥に聞けば良かった。
「ありさ、ちゃんだったかな?」
「え、はいっ」
「おいで、渡したいものがあるから」
吉野さんは手招きすると店の奥に私を案内した。
大豆の香りが鼻を掠める。ステンレスの大きな水槽には明日の分だろうか。数十個真っ白な四角いお豆腐が並んでいる。
隣の小さなステンレスのショーケースには、油揚げと薄揚げが並んでいて、小さな瓶に入った豆乳も売られている。商店街からすぐの場所だ。
昨日、遥のお店を訪ねるときに通った時は、豆腐や油揚げを買い求める主婦の姿を何人か見かけた。
「はい、これ」