忘れさせ屋のドロップス
「ほっとけよ」

「ほっとけないし、ほっとかないよ。俺も渚も」

ーーーー秋介を見た。秋介も俺を真っ直ぐに見ていた。 

「お前のことは本当の弟だと思ってる。正直な……俺も渚もどうしてやったらいいのかわからない。ただな、那月は、今のお前みて喜ぶのかよ。……金もらって適当に女抱いて、空っぽのお前みて。俺はそれは違うと思うけどな」 

「秋介はどうなんだよ!忘れられないよな?那月のこと。《《妹のこと》》忘れたりできねーだろ!……俺には那月しかいなかった。……那月がいればそれで良かった」   
 
他には何にもいらなかった。

那月が俺の隣で笑ってそばに居てくれたらそれで良かった。

グラスの氷がカランと揺れて掌の熱でゆっくり溶けていく。

この苦しさはいつか、こうやって溶けてなくなることがあるんだろうか。

ーーーー「でも《《那月は死んだ》》」


分かってる、何度も言い聞かせてる。自分に。それでも秋介からその言葉を聞くと、心の中が鈍く歪んで真っ黒になる。

「……遥、俺が言いたいのはな、忘れろとは言わない。ただ、《《忘れない》》のと《《幸せにならない》》のとは違う。」

「俺は幸せになんかならなくていい。どうでもいい」

「それじゃあ、いつまでたっても、那月は心配で、眠れないよ」

 俺が押し黙ったのを見て、秋介が空になったグラスを置いて二本目の煙草に火をつけた。

「……いい子だったな」 

 有桜のことだろう。

「ガキにも誰にも興味ない」

「お前には勿体ないな」

 また会いに行くよ、そう言うと秋介は煙草を灰皿に押し付けた。
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