忘れさせ屋のドロップス
「料理は上手なのに……」 

 ふと溢れた本音に渚さんがふっと笑った。

「遥は洗濯担当じゃなかったからね」

「洗濯担当?」

「……もう、気づいてるよね?遥がここで誰と暮らしてたのか」

 コーヒーの湯気と一緒に私の視線も一瞬揺れた。

「ま、一緒に暮らすって意味はそのまんま。
恋人同士だったから。高校卒業してすぐにここで二人で暮らしてたよ」

「……どうして……」  

 別れてしまったのか……。そこまで口に出して、私は首を振った。

「何でもないです。ごめんなさい。私には関係ないことなのに」

 渚さんが首を振って笑った。

「……遥さ、ああ見えて、元々女遊びが激しかった訳じゃないんだよ」

 渚さんが、コーヒーを口元に運びながら頬杖をついた。

「ほんと、どうしようもないな。いつからか、あんな風に女の子と適当な関係しか持たなくなった。
……寂しさを紛らわせてんのか、自己犠牲に酔ってんのか……単純に苦しいのか」

ーーーー苦しい、んじゃないかと思った。遥のほんの一瞬だけ見せる弱い姿に。 

「どちらにしても遥の問題。……突き放してるんじゃなくてね、手助けは出来るけど、私は姉だから……遥の心の根っこまでは支えてはあげられない。本人も見せたくないだろうしね」

遥はいつもドロップスを手放さない。

「遥は、何を1番忘れたいんだろう」

独り言のように呟いた私を見て渚さんがふわりと笑った。
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