忘れさせ屋のドロップス
「わかった?」

「え?」 

「こうやって女はあっという間に襲われるわけ。そーゆーことにならない様に、言動に気をつけろよな。ばーか」

 するりと手首を解くと、遥はシャワールームへと入っていった。

ーーーーびっくりした……。


 心臓が跳ねて今更ながら、呼吸が苦しい。
少しだけ酔っていたのだろうか。

 遥の目が熱を持ってみえた。私じゃない誰かを見るような、そんな瞳だった。


 遥のシャワーの音が小さく聞こえてきて、さっきのことと合わさって落ち着かない。

 冷蔵庫から、飲んでいいよと言われているミネラルウォーター のペットボトルを取り出してゴクゴクと飲む。

ーーーー今更、どうしよう。どうもこうもしようがないのだけど。……遥からしたら、私と一緒にただ寝る位、別になんとも思ったりしないんだろうけど……。

「わ!」

 寝室の扉を開けて、いきなり尻餅をついた私を見て、遥が笑った。

だって遥が上半身何も着てなかったから。

「何してんだ?オマエ」

 遥は上半身裸のまま、歯ブラシ片手にこちらを一瞥すると、チェストの中からTシャツとブランケットを引っ張り出した。 

 私が口を開く前に、素早くTシャツを被ると歯磨きを終え、ベッドサイドに腰掛けた。

「なぁ」
「は、はい!」
「……オマエな、ふざけてる?」
「ふざけてないっ」

「どっちがいい?」

 遥がベッドを指差す。

 どっち?どっちのどっち?答えない私を遥が、呆れたように見ている。

「場所、手前と奥、どっちがいい?って聞ーてんだけど?」

「あ、奥」

 そう答えた私を見て、遥がクククッと笑った。
「え?何?」 

「そういう時は、女は《《手前》》ってゆーんだよ」

 意味が分からず、きょとんとしている私を見て、遥がまた笑った。

「手前なら、いざというとき逃げれるだろ?奥とか逃げる気あんのかよ。ま、俺はガキ興味ねーからな。はい、どーぞ」

 黒い毛布を壁際目掛けて、遥が、ぽいと放り投げた。

 顔が、真っ赤になった私を気にも止めず、そのまま遥は、さっきチェストから取り出していた、白地のブランケットを手にゴロンと横になった。

 私は、恐る恐る遥の足を跨いで、壁の奥、ぎりぎりまで背中を寄せて寝転んだ。

 ダブルベッドと言えども、目線の先の遥との距離はかなり近い。
< 40 / 192 >

この作品をシェア

pagetop