忘れさせ屋のドロップス
 私が横になったと同時に、遥がリモコンで電気を消した。 

 しんとなると、互いの呼吸音が聞こえてきそうな距離に、とても眠れそうもない。

 見上げた頭上のベット脇の窓からは、ブラインドの隙間から、仄かな月明かりが覗いていた。淡い黄色の柔らかい光の筋がベッドシーツまで差し込んで、私と遥を眠りに誘うかのようにそっと照らす。

 おやすみと言った方がいいのか悩んでいるうちに、既に言うべきタイミングは失っていた。

 もう遥は寝てしまっただろうか。緊張のあまり遥に背を向けて、暫くコンクリの壁を見ていた私は寝返りを打って、遥の方を向いた。 

 遥は仰向けで、真上の月明かりを薄茶色の瞳に吸い込ませるように、ただじっと眺めていた。

ーーーー泣いている……のかと思った。

 その横顔があまりにも切なそうで、儚くて、寂しげだったから。

「何?」 
「……ううん」

 小さく答えた私に、遥がこちらに寝返りを打った。

「寝れねーの?」

 遥は必ず目をみる。真っ直ぐに。綺麗な薄茶色の瞳に見つめられると、なんだか恥ずかしくて居心地が悪い。 

「……遥は?」

「俺は……割と眠れない。……いつも」

いつも、付け加えたのは、私が居るせいじゃないと言うことを言いたいんだろう。

 遥が眠れない理由……私なんかが聞いても言わないだろうし、私なんかに聞いてもらいたくもないだろう。

 遥は、言葉使いが悪いし、言い方なんて本当……散々だと思う。でもまだ会ったばかりだけど、……見た目よりはるかに優しいなと思う。

 女の子が、あの素敵な可愛らしい華菜が好きになるのもわかる気がした。

「何?」
「え?」

「オマエな、《《それ》》気づいてる?」
「何……のこと?」

「顔に出てんだよ。……別に聞きたいことあれば言えよ。……答えるかどうかは、俺次第だけどな」

……聞くとしたら、今しかないのかも知れないと思った。私はおずおずと口を開いた。


「……泣き、そうだった……」
「誰が?」

「遥」

 遥は小さく息を吐き出すと、また仰向けに体勢を変えた。
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