忘れさせ屋のドロップス
「あっそ……思い出すんだよ。……前に一緒に暮らしてた奴のこと……」

ーーーーとくんと心臓が跳ねて、きゅっとなった。前に一緒というのは、遥の恋人だった人のことだ。

「別に有桜のせいじゃなくてさ、……前から、寝る前ってさ、何か色々思い出すことあんだろ。オマエだって……」

 私が泣きながら寝てたと、遥は言ってた。遥も、私がくる前は一人で泣いて眠ることがあったのだろうか。


 今朝も、うなされてた。間違えて私の腕を掴んでいた。誰かを想って、誰かにそばにいて欲しくて……遥はその誰かを《《忘れられない》》。

ーーーーその誰かの名前はきっと……。

「あー。別な言えって言ってる訳じゃねーから。たださ、……忘れたくても忘れられないヤツっているだろ」

「……すごく好きな人だったんだね」


 遥は、私をちらりと見たが、否定はしなかった。
「寝れねーな。そろそろアレだな」

そういうと遥は、ベッドサイドの引き出しからドロップスを一つ取り出して、コロンと口に入れた。

「いる?」

 頷くと、私の掌にぽいと転がした。 

「ちゃんと忘れろよ」
遥の『忘れろよ』は、眠れないことを忘れろよ、だと思う。

 口に入れると甘くて、なんだかドロップスがゆっくり眠りを誘う。

 夢なのか、まだ夢じゃないのか境目が徐々に曖昧になっていく。

「……私ね、……お母さんが好きじゃないの」

 カロン……コロン……と交互から音が鳴る。

「いつもひとりぼっちだっだから。……苦しくて。我慢……ばっかりしてた」
 
ーーーーうちの家は母子家庭だった。私にこそ手はあげなかったが、家庭内暴力の酷かった父と離婚した母は、逃げるように遠く離れた街へ引っ越した。
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