忘れさせ屋のドロップス
 ベッドサイドの一番上の引き出しに、ドロップスと一緒に入れてある写真を取り出す。追加で口にドロップスを放り込んだ。 

 眠れないと必ず、これをみるのが、もう癖になってきている。

「那月……」

 写真の日付は二年前。
俺と那月が過ごした最後の春。 

 桜がどうしても見たいとせがまれて、会社の午後休をもらって、平日の真っ昼間に撮った写真だ。

 背の低い那月がシャッターを押したから、俺の頭が半分切れて、桜どころか花ひとつ綺麗に写ってない。散り始めていた桜の花びらが那月の髪の毛にくっついて、そこだけお花見らしさが現れている。

ーーーー会いたい。会えないのが分かっているのに。

人はどうして《《忘れたいことに限って忘れられない》》んだろう。

 今日は二年ぶりに桜を見た。有桜から言われた時、正直、見に行くか迷った。那月を嫌でも思い出すから。

 ほんの一瞬。有桜の桜を見上げて笑う姿と、俺の髪についた花びらに触れた手が、那月と重なった。


ーーーー「遥、来年も来ようね」

 そう言って笑った那月はもう居ない。そう言って俺に触れた那月にはもう会えない。

 那月のブランケットを掛けて眠っている有桜が那月に見える。那月じゃないのに、那月がいつものように俺の隣で変わらず眠っているような錯覚に、思わず触れたくなる。

……会いたい。那月に…。

 有桜の静かな呼吸音が、静寂の藍の夜を仄かに照らす。俺が一人じゃないと思わせてくれるかのように。
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