忘れさせ屋のドロップス
ーーーー立ち上がろうとした遥のシャツの袖を、無意識に掴んでいた。 

「有桜?」 

 何で掴んだのか自分でもわからない。

「どした?」
 遥がしゃがみ直して、覗き込むように私を見る。

「何でも……」
 言葉とは関係なしに、涙の雫が一つ落ちた。

「あー。オマエな……。ドロップスで忘れてやるから。そんなこと位で、泣くなよな」

 呆れたように遥がポケットからドロップスをポケットから出して放り込んだ。

違う。私の下着を見られたことじゃない。

うまく言えないけれど、洗濯物のことじゃなくて、もっと胸がちくんとする。

「遥、私……」
「え?」 
 遥が不思議そうにこちらを見ている。

「あのね…、私」

カランと扉が開く。

「遥ー!いる?」  

 少し鼻にかかった高い声が響く。

涙を拭うと、思わず口元を覆った。


ーーーー私、何言おうとして……。  

 いつもの淡いパステルカラーではなく、珍しく黒いシャツワンピース姿のカナさんが、遥を見つけると胸に飛び込んだ。

 私に目線を合わせて、しゃがみ込んでいた遥は、カナさんを受け止めきれずに、尻餅をついた。

「痛って。華菜、何だよ、今日は約束してねーだろ」

「いいじゃん。遥に会いたかったんだもん」

それだけ言うと、私の眼の前で遥の唇にキスを落とした。


「……あのな、有桜も見てんだろ、やめろよな」

 遥は立ち上がりながら、華菜さんの手を引っ張り上げた。


「見られて困る関係でもないでしょ」

 こちらをちらっと見たカナさんの目は嫌悪感に満ちていた。
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