忘れさせ屋のドロップス
「俺、今日予定あるから」

「しってる。お昼一緒に食べよ。埋め合わせしてくれるって言ったじゃん」

 カナさんが甘えるように遥の腕に手を絡ませた。

「……あー、そうだったな。飯だけな?」

「やった」

 お花のような満面の笑みのカナさんを見ていたら、何だか分からないけど、息苦しくなった。

「有桜ー、昼終わったら、吉野さんの店手伝ってあげてくれる?俺帰り遅いから」

「分かった」
できるだけいつもみたいに返事をする。


 遥はサングラスを掛けると、車のキーを片手にカナさんと扉を開けて出て行った。  

一人残された部屋は急に静かになって、寂しくなる。

 私はベッドサイドからドロップスを取り出して口に入れた。涙が溢れないように。泣くことを『忘れるように』。

ベッドに置きっぱなしにしていたスマホが鳴ってメッセージを告げる。


ーーーー『帰ったら聞くから』


 遥は、真面目な顔をして見つめていたスマホを放り投げると、車を発進させた。

「ねえ、いつまであの子と暮らすの?」

「何?有桜?どうだろうな」

 遥は、何てことないように返事をする。

 さっき扉を開けた時、二人の雰囲気に頭の中で警鐘が鳴った気がした。


ーーーー咄嗟に邪魔したくなった。


だから遥にキスをした。あの子の前で。
あの子が遥を見る瞳……綺麗な純真な瞳を遥に向けて欲しくなかった。

 遥が『忘れてる何か』に気づいてしまいそうで。

あたしはあの子が嫌い。

ーーーー何もしらないくせに。遥の苦しさも辛さも弱さも。 


「どした?華菜」

「ううん、何でもないの」

「あっそ。で、何食べたい?」

「イタリアン、どっか美味しいとこあるかな?」

「あー。そうだな、じゃあ、あそこかな。半年前できたとこあったよな?華菜が行きたがってたとこ」

遥は優しい。いつだって。でもその優しさは私だけに向けられるものじゃなくて……。

「覚えててくれたんだ」

 笑った私を横目に、口角を上げる。 

 黒いワンピースをぎゅっと握りしめて、ダメ元で聞いてみる。
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