忘れさせ屋のドロップス
ーーーーカラン。入口の扉が開く音がした。

「こら!遥!」

カツカツとピンヒールの小気味の良い音と共に真っ黒なタイトなワンピースに身を包んだ茶髪の女性が、あっという間に長身の佐藤遥の首元を締め上げた。

「いっ!…ちょ、苦し……」

「ごめんねー。遥が。アタシが懲らしめとくから、これにて勘弁してくれる?」

佐藤遥を締め上げたまま、にこりと微笑んだそのスレンダーな女性の美貌に思わず顔が赤くなった。

「あ、あの……」

「コイツの女癖が悪いのは、今に始まったことじゃないからねー。それにしても、遥!無理やりヤろうとしてんじゃねー!」

ますます締め上げられて、佐藤遥がこちらを睨みながら、無言で女性の腕を叩いた。

「……ち、違うんです!私、家を忘れさせてもらいたくて……」

綺麗な切長の黒い瞳を、ぱちくりとさせて女性が、締め上げていた手をゆっくり離す。

「遥?あんた、どこのお嬢さんと駆け落ちしてきた訳?」

「ゲホッ……ち、ちげーよ。ゲホッ……ばーか。お客だよ、有桜は」

胸元のシャツを乱雑に直しながら、佐藤遥が咳き込みながら呟いた。




「ごめん、ごめん。てっきり遥が嫌がってる女の子襲おうとしてんのかとさ」

ケラケラと笑う女性から差し出されたティーカップ を受け取りながら、佐藤遥が不機嫌を露わにしている。

「こんなとこで襲うかよ。大体、女に困ってねーよ」 

「困ってないのかどうかはさて置き、毎回女の子が違うのは信用問題だと思うけど?」

「信用してもらわなくて結構なんだよ!」

女性が大きく溜息を溢すと、佐藤遥があからさまに嫌な顔をした。

「で?有桜。さっきの少しは信じる気になった訳?」

「遥、いきなりそんな事話したって有桜ちゃん?が混乱するでしょーが」

 茶色の革張りのソファーを女性に譲って簡素なパイプ椅子に跨りながら、佐藤遥が面倒臭そうにそっぽを向いた。

 黒い切長の瞳を細めながら、どうぞと差し出されたカップを両手に包む。優しい良い香りとじんわりと温められる掌に幾分か心が落ち着く。

「アップルティーはリラックス効果があるからね」

 可愛らしい苺の模様があしらわれた金彩のカップに注がれたアップルティーを、こくんと一口飲む。優しい甘みと甘酸っぱさが口の中とお腹の中に広がって、ひどく安心した。

そうだ……家を出てから何も口にしていなかったことに今更気づいた。
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