忘れさせ屋のドロップス
「遥、今日……あたしも一緒に行っちゃだめ?」

ーーーー答えはわかってる。

 でも、いいよって言って欲しくて、どこかでほんの少しだけ期待して聞いてしまう。

 遥は、暫く黙って車を走らせた。

 赤信号待ちで、遥は、あたしの黒のワンピースを見て、くしゃくしゃっと左手で頭を撫でた。

「ごめん、また今度な」
「分かった」  

 今度なんてきっと来ない。来年も再来年も。遥は毎年、この日は会いにいく。あの人に。


ーーーー向日葵みたいな人だった。


 綺麗なストレートの黒髪を靡かせて、その瞳は澄みきったガラス玉みたいでキラキラしてた。笑うと同性のあたしもドキドキしてしまうくらい、眩しくって、正直どんなに頑張っても敵わないって思った。

 そんな那月先輩に向ける、遥の笑顔も特別だった。

 いつも遠くから見てたの。二人があんまり素敵だったから。


「遥」 
「ん?」

ーーーー何度でも呼びたい。あたしだけを見てほしい。一度でいいから。

「遥、大好きだよ」 

 少しだけ真面目なトーンのあたしの声に、遥がこちらを見て、少しだけ驚いた。

「……早く俺なんかより、いい男探せよ」

 そう言って前を向いた遥が、寂しそうに見えて、あたしまで苦しくなる。いつまで、遥は一人でいるつもりなんだろう。


ーーーーあたしじゃ駄目?遥が好きなの。遥じゃなきゃ嫌なの。 

「あたしが本気出したら、あっという間に、遥捨てられちゃうかも」

「だな」

ーーーー気づいてる?そう言って笑う、遥はいつも一人で苦しそうで、だから離れられなくなるんだよ。

 一緒にいることが、ほんの一瞬、寂しさを紛らわせるだけだとしても。

 全部、素直に言えたらどんなにいいだろう。

 遥を困らせたくなくて、遥に会えなくなるのが嫌で、一度も言えたことないんだけどね。
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