忘れさせ屋のドロップス
「有桜ちゃん!」
「あ!ごめんなさい!」

考え事をしながら、豆乳を小瓶に詰めていたら、小さな瓶から溢れ出てしまった。

「珍しいね、有桜ちゃんがぼんやりしているのは」

 布巾で溢れた豆乳を拭きながら、吉野さんが目を細めた。

「あ、あの」

 吉野さんから付近を受け取って、慌てて布巾を流し台で洗う。

「……その、何でもなくて」

 遥とカナさんは、本当にお似合いだと思う。あんな可愛くてお花みたいな人、遥だって好きになっちゃうだろう。もし、今はまだそんな気になれないのだとしても。

「お客さんも落ち着いたし、中でお茶にしようかね」

 小豆色の湯呑みに緑茶が注がれて、小さな丸テーブルにそっと差し出される。

「はると何かあった?」

 目尻を下げて、その優しい包み込むような声で言われると、なんだか涙が出そうになる。

私は首を振った。

「……はると暮らすのはしんどいかい?」

思わず、私は湯呑みを手に取ろうとしたまま、動けなくなった。

「あ……。わ、かりません」

「はるは、優しいからね。有桜ちゃんにも優しくしてるだろう?」 

 私は黙って頷いた。

「ただ、他の女の子にも同じように接してるね。あと……なつきちゃんが居なくなって、寂しそうに笑うようになった……」


ーーーーそうだ、時々、遥は泣きそうな顔をする。思わず抱きしめたくなるくらい、苦しそうに寂しそうに。でも遥はそれを隠す。誰にもわからないように。

「ありさちゃんは、はるが大事なんだね」
「え?」

ふふふっと吉野さんが微笑んだ。

「大事に思ってないなら、ありさちゃんは、はるのことを思いながら、今だってそんな顔しないよ」

 思わず急に熱くなった頬を隠すように触れた。
 私は遥に特別な思いを持っているのだろうか?ただ、遥が、そばにいると安心する。
涙が出そうになるくらい。誰かにこんな気持ちになるのは、初めてだった。
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