忘れさせ屋のドロップス
「あの、ドロップスね、アタシが作ったんだ」

「え?」

女性は佐藤遥に目配せした。

「アタシ、こう見えて、精神科医兼脳科学者やってんの」

「そう……何ですか」

なんだか間の抜けた返事になってしまった。こんな綺麗な人がお医者様兼科学者なんて……佐藤遥が胸元ポケットからドロップス缶を取り出した。

「さっき遥から貰って、これ食べた時、ちゃんと涙止まったんだよね?遥が言いたかったのは、『泣くこと』を有桜ちゃんが少しの後だけだけど『忘れられた』ってこと」

 佐藤遥からドロップス缶を取り上げると、カランと缶をふって見せた。綺麗に耳下で切り揃えられたショートボブがさらりと揺れる。

「人間の脳みそって本当複雑でね、人間っていう生き物を操ってる回路の集合体な訳。その中の人間の感情の一つ、喜怒哀楽の『哀』がアタシの専門分野。つまり今回で言えば『哀』の中の『忘却』についての研究が、私の働いている研究室でのお仕事。まだ試作品だけどね。短時間であれば、その人間が『忘れたい事』を思いながら、ドロップスを食べると、短時間『忘れる』ことができるの」


 女性はそういうと、ポケットから東京大学付属医科病院こころの研究所 助教授と書かれた名札を私に見せた。

佐藤 渚(さとう なぎさ)
私は病院名より何より、名札に書かれた名前に釘付けになった。

「佐藤……さん?」

「あぁ、まだ言ってなかったっけ?アタシは遥の姉。佐藤 渚。渚って呼んでね」

オレンジ色のルージュの両端を持ち上げてにこりと笑った。
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