忘れさせ屋のドロップス
「誰?」
「あんたこそ誰よ?」
目の前の女は、勝ち気な眼差しで俺をテトラポットから見下ろながら、睨んでいる。
俺は自慢じゃないけど、よく学校をサボってた。今思えば、両親が死んで、姉貴は俺のために毎日働いて、俺は何のために此処に居んのか、学校で学ぶのか、社会に出て行くのかとか、全部が煩わしくて。
そのくせ一人になると寂しくて。
よく、一人で海を見に行った。
「は?この場所、俺の!」
俺は、テトラポットに貝殻で書いた白い文字を指差した。
『Spring』
「何?これで此処はあんたのものなの?」
肩下の黒髪をさらりと靡かせながら、俺を見るなり、その大きな黒目は、きゅっと細くなった。
「何様なのよ」
綺麗な顔して、すげー気の強い女だと思った。さっきと全然違う。学校の制服が同じなことに気づいた。そういや、他のクラスで見たことあるようなないような。どうでもいい。
「……いいから、代われよな?他にもあるだろテトラポット!」
さっきまで泣いてたから、声掛けるの待ってやったのに。なんだこの女。
「やだ!此処が一番綺麗に夕陽見れるもん」
「俺もそれ見てーんだよ、ばーか」
「ば、馬鹿って……いいかげんにしなさいよ!」
俺に文句言いながら、急に立ち上がってこちらに向かってきた女が、テトラポットの側面に足を取られて、小さな身体ごと落ちてきた。
「わっ」
思わず俺は、生意気な女を抱き止めた。
「あ、ぶね」
「触んないでよ、離して!」
威勢良く、俺を突き飛ばすと、そのまま急に両手で胸を押さえてうずくまった。
「え?おい、大丈夫、か?」
「ケホッ……はっ、はっ……」
女は、両手で胸を押さえたまま、苦しそうに呼吸している。
「え?オマエ、……具合悪いのか?」
俺の声は、聞こえてるのか、首を左右に振る。
小さく震えながら、呼吸は速く、息が苦しそうだった。
思わず、俺は女の背中を摩ってやる。
触れた背中は、見た目以上に華奢で、力を込めたら折れてしまいそうで、俺はそっと背中をトントンとあやす様に摩ってやる。
死んだ母さんが、小さい頃、よく熱を出して苦しそうにしてた俺にしてくれたように。