忘れさせ屋のドロップス
「……あ、も、大丈夫」 

 暫くして女が俺の腕を、俺に返すように押し戻すと、気まずそうに口を開いた。

「……あ、りがと」

「え?あ、どーも」

ーーーー俺は立ち上がる。仕方ない、今日は別のテトラポットを探すことにする。どうせ時間はいっぱいあるし。

「ねえ!」

 背中越しに女が俺を呼び止めた。

「なんだよ?」

「あたしのすぐ隣のテトラポット、貸してあげる」

「オマエな、あたしのって、それ俺のだし!何様だよ!」

 俺は落書きしたテトラポットを指差した。

「何様?それはお互い様でしょ」

 ふっと笑った彼女をみて、思わず俺も笑った。すんげー生意気で。

「あたし、那月。桐谷那月(きりたになつき)

「俺は、」

「知ってる」

「は?」

「佐藤遥。お兄ちゃんの彼女のおとうとでしょ」 

ーーーーそれが、那月との出会いだった。

 笑うと向日葵の花みたいで、もっと見ていたくて、もっと俺の名前を呼んで欲しくて、ずっとそばに居て欲しかった。

 那月は、よく俺の頬に触れた。 

「遥、大丈夫だよ」

 那月の口癖。

そう言っていつも笑ってた。


あったかい那月の掌が頬に伝わって、心地よくて……




「あっ……たか」

 目を開けた遥をみて、私は、慌てて手を引っ込めた。

「有桜?」

 遥が、起き上がると黒の毛布が床に落ちた。慌てて拾おうとした手を、遥に掴まれる。

「あ、……あの……離して」

「離さないけど」

「え?」

「……昨日遅くてごめん。話もちゃんと聞いてやれなくて悪かった。……今なら聞くから、」

 遥は、私の目をじっと見ていた。

 私が昨日、遥に言いそうになった言葉。昨日の夜、遥を待ちながら、いっぱい考えて……でもそれは、遥を困らせてしまうから。 

 そのまま強く手首を引かれて、遥の隣に座らせられる。  

「……有桜、昨日なんで泣いた?」

 遥は、ベッドの上に胡座をかいて、私を覗きこんだ。
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