忘れさせ屋のドロップス

「遥、海ってどのくらいで着くの?」

 車を運転しながら、サングラス越しに遥がチラッとこちらを向いた。

「遠足かよ」

「え?」

「明らかに楽しみにしてんじゃん」

 だって、海って初めてだし、遥とのお出かけも久しぶりだから。ワンピースがだめだったのかな。そんなに顔に出てたかな。

 少しだけ顔が熱くなった私を見て遥がふっと笑った。

「お花見以来だな、有桜と出かけるの」

 私はこくんと頷いた。

「海は?有桜行ったことあんの?」

「うーん、……ない、かな」

「あっそ、海は広いからなー、あ、ちなみに落ちても拾わねーからな、覗き込むなよ」 

 ドロップスをカロンコロン転がしながら、遥が意地悪く笑う。

「子供……じゃないもん」

……あっそ、と呟いた遥に、少しだけ間があった。

思わず遥を、横目で見た。

「……見んなよな、別に本気でガキなんて思ってねーよ。ばーか」

「え?」

「ばーか、もう言わねー」

 遥が少しだけ拗ねたような顔をして思わず笑った。




「わぁ」

 初めて見る海は、広すぎて、端っこがない景色に、私は驚きと興奮でいっぱいだった。

「遥、すごいね、広い!海って凄い!」

 水平線は空と海を鏡みたいに隔てて、それぞれが違う蒼の世界を静かに映し出していた。

 まだ沈むには早い太陽が、その蒼の輝きを増すように、優しく美しく、ただ照らしていた。

「遥、靴、脱いでいい?」

「あのな……」

 私が、あまりにも興奮していたせいなのか、遥は何か言いかけたけど、呆れたように、どうぞ、と付け加えた。


 私は、履いていたスニーカーをぽいと、その辺に転がすと、靴下を脱いで砂浜に足を乗せた。

「足、切るなよ」

 遥が、私のスニーカーを拾いあげると、ぶっきらぼうに言葉を投げた。

 こくこくと2回頷きながら、私は真っ直ぐに波打ち際まで歩く。所々に落ちている、色とりどりの貝殻も、小さなガラスの破片さえも宝石みたいに見えた。

 初めて感じる、足裏の細かい粒子の感覚が気持ち良くて、子供みたいに足で砂を触る私を、遥が少し離れたところから、口角を上げて見ているのが見えた。

< 67 / 192 >

この作品をシェア

pagetop