忘れさせ屋のドロップス
「遥、海ってどのくらいで着くの?」
車を運転しながら、サングラス越しに遥がチラッとこちらを向いた。
「遠足かよ」
「え?」
「明らかに楽しみにしてんじゃん」
だって、海って初めてだし、遥とのお出かけも久しぶりだから。ワンピースがだめだったのかな。そんなに顔に出てたかな。
少しだけ顔が熱くなった私を見て遥がふっと笑った。
「お花見以来だな、有桜と出かけるの」
私はこくんと頷いた。
「海は?有桜行ったことあんの?」
「うーん、……ない、かな」
「あっそ、海は広いからなー、あ、ちなみに落ちても拾わねーからな、覗き込むなよ」
ドロップスをカロンコロン転がしながら、遥が意地悪く笑う。
「子供……じゃないもん」
……あっそ、と呟いた遥に、少しだけ間があった。
思わず遥を、横目で見た。
「……見んなよな、別に本気でガキなんて思ってねーよ。ばーか」
「え?」
「ばーか、もう言わねー」
遥が少しだけ拗ねたような顔をして思わず笑った。
「わぁ」
初めて見る海は、広すぎて、端っこがない景色に、私は驚きと興奮でいっぱいだった。
「遥、すごいね、広い!海って凄い!」
水平線は空と海を鏡みたいに隔てて、それぞれが違う蒼の世界を静かに映し出していた。
まだ沈むには早い太陽が、その蒼の輝きを増すように、優しく美しく、ただ照らしていた。
「遥、靴、脱いでいい?」
「あのな……」
私が、あまりにも興奮していたせいなのか、遥は何か言いかけたけど、呆れたように、どうぞ、と付け加えた。
私は、履いていたスニーカーをぽいと、その辺に転がすと、靴下を脱いで砂浜に足を乗せた。
「足、切るなよ」
遥が、私のスニーカーを拾いあげると、ぶっきらぼうに言葉を投げた。
こくこくと2回頷きながら、私は真っ直ぐに波打ち際まで歩く。所々に落ちている、色とりどりの貝殻も、小さなガラスの破片さえも宝石みたいに見えた。
初めて感じる、足裏の細かい粒子の感覚が気持ち良くて、子供みたいに足で砂を触る私を、遥が少し離れたところから、口角を上げて見ているのが見えた。