忘れさせ屋のドロップス
ーーーーちゃぷん、とおそるおそる海に足を差し込んでみる。


 あっという間に背の低い白波が押し寄せてきて、私の素足をザァーッと撫でては、また波が引いていって、残された砂浜から見たことない色とりどりの貝殻が、あちらこちらから顔を出す。


「わぁ……」


 思わず、貝殻に手を伸ばしたその手を、遥にグイと掴まれる。

「有桜、あんまそっち行くな」

「遥?」

 いつの間にか遥も靴を脱いで、素足で波打際まで来てくれていた。

「危ないだろ、波に飲まれたらどーすんだよ」

「波?」

 きょとんとした私をみて遥が溜息をついた。


「……怖いもんなしだな、で?何かいた?」 

「うん!見てみて、貝殻がね、いっぱいあった、あとね、波がね、」

 遥に見たもの、感じたものを聞いてほしくて、珍しく私は沢山話していた。


「……はいはい、わかった。手繋いでてやるから、好きなだけどーぞ」

「拾っていいの?」

「拾ったら、此処乗せて」 

 遥が私の左手を握ってるから、私は右手で、貝殻を拾って、遥の左手に乗せる。

 波が打ち寄せて返ってを繰り返してながら、その合間に姿を見せる砂浜の貝殻を、私は夢中で探した。

小さい頃、お母さんが一冊だけ買ってくれた絵本の中の主人公みたいに、宝探しをしてるみたいだった。遥に繋がれた左手に安心しながら、ただキレイなモノを夢中で探してた。

こんなに心が軽くて、飛んでいきそうな位、満ち足りた気持ちは初めてだった。

見上げた遥が、ガキだな、と笑う顔が好きで、私は何度も見上げた。

ずっとこうして居られたらな。叶わないのに、そう思った。


ーーーーどの位、そうしてただろうか。 


「……お前な、もう乗らねーだろ」 

 いつの間にか遥の左手は、私の拾い上げた貝殻で山盛りになっていた。

「ほんとだ」

 私の手を引きながら、バランスを保って山盛りの貝殻を左手に乗せている遥が、何だか可笑しくて笑ってしまった。


「笑い事かよ、落とすから笑うな」

 手を繋いでいるから、私が笑うと遥の掌からこぼれそうになる。


「離さないでね」

 私は遥にそう言った。

「はいはい、ガキのお守りは大変だな」 

 遥は私の左手を握りなおすと、ゆっくり波打ち際を後にしていく。


ーーーー遥とは、此処にはもう来ないような気がした。だから、今だけは遥に、私の手を握ってて欲しかったの。

 放ったらかしにされていたスニーカーの場所まで戻ると、スニーカーの横にガラス瓶が置いてあった。

 遥がガラス瓶に左手の山盛りの貝殻を入れていく。

「それ、どうしたの?」

 ガラス瓶を指差した私を見て遥が笑った。

「海って色んなもん流れてくるからな、丁度いいの落ちてたから拾っといてやった。どうせ、持って帰りたいって言われると思ったからな」


 さっき、私を見ながら遥が笑ってたのは、このことかと気づく。どうして、遥はわかるんだろう。

「何?」

「遥は何で私のことわかるの?」

「別に分かるって程でもねーけどな、だいぶ、有桜の方が、顔に出すようになったからじゃねーの?」

 眩しそうな顔をこちらに向けながら、ポケットからサングラス取り出しながら遥がそっけなく答えた。


「……ありがとう」

「……どーいたしまして」

 遥の目を見て、ちゃんと言ったからなのかわからないけど、遥が少しだけ照れたように見えた。

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