忘れさせ屋のドロップス
「有桜こっち、見せたいものあるから」  

 サングラスを掛けた遥と目線は合わないけれど、遥が少し離れたテトラポットを指差す。両手でガラス瓶を持ちながら遥の後ろに着いていく。


「この辺りだったけどな……」

 遥が先に、無数に転がっているテトラポットに登り始めた。

「有桜、貝殻その辺に置いて、手出して」

 手前のテトラポットの側に、ガラス瓶を置いて遥に手を伸ばした。

遥に身体ごと引き上げられて、あっという間に視界が高くなる。


「わぁ……綺麗」

 少し下がった太陽が、海面を白銀に照らしながら眩しい位にこちらを照らす。

 穏やかだった波は押し寄せるたびに少しずつ高くなりテトラポット近くまで静かに心地よい音を立てながら徐々に満ち始めていた。

「あった、あれ!」

 遥が指差したのは、斜め横の端っこが少しだけ欠けたテトラポットだった。

「落っこちんなよ」

 さっきより強く握りしめられた左手に、心臓がぎゅっとなる。

 遥は先にテトラポットに私を座らせると、すぐ隣に腰掛けた。

 肩と肩が重なる位に身体が近くて、遥の転がすドロップスの音と一緒に遥の甘い匂いがした。

 見上げてしまうと綺麗な遥の顔が近すぎて、とても見れそうもなかった私は、海を見ながら先に口を開いた。

「……遥、此処来たことあるの?」

「まあな、此処が一番夕陽が綺麗に見えんの。てゆーか、俺ガッコー、サボりがちだったから、よく此処で海見てた。……有桜は?ちゃんと行ってた?」

 首を振った私を見て、遥が、ぷっと笑う。

「一緒かよ。行けよ」

 遥が眩しそうにしながらも、サングラスを取った。

「外すの?」

「そうだな、ちゃんと見たいし。てゆーか俺、別にオシャレで掛けてんじゃねーからな、目が茶色だから他のヤツよりまぶしーの」 

「あ、そうだったんだ」

 思わず遥を見上げて、目が合うと、私は慌てて前を向いた。多分顔が真っ赤だ。
 

「何だよ……お前な、俺まで恥ずかしくなるだろーが」

 呆れたように遥が私の頭の上からそう言うと、ドロップスを追加で口に放り込んだ。


「綺麗だな……今日はちゃんと海見たかったんだよな」

「うん……」

遥がどんな話をしようとしてるのか、何となく分かってたけど、聞くのが正直怖かった。

ーーーーもう一緒に住めないって言われそうで。

桐谷那月(きりたになつき)

「……え?」
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