忘れさせ屋のドロップス
「俺が一緒に住んでたヤツの名前」

「桐谷?……」

秋介さんも確か……


「そ、秋介の妹」 

 そこまで言うと遥の顔が明らかに曇った。

「……昨日が命日だったから」 

 さらりと発っせられた遥の言葉に、思わず遥を見上げて、私は言葉を失った。

 命日……それって、もうこの世に那月さんが居ないと言うこと。

「有桜がそんな顔しなくてもいいから」

 寂しそうに笑うと、遥は私の頭をくしゃっと撫でた。

「那月とは此処で出会ったんだ。二人とも学校サボりでさ、すげー生意気で、でも目を離すとすぐ泣くんだ。俺は、そんな笑ったり、泣いたり、怒ったり、表情がコロコロ変わる那月がほっとけなくてさ……好きだった。……多分これからも、忘れられない」


 遥から、『忘れられない』という言葉を聞いた途端、一瞬で綺麗な目の前の海の景色がぼやけそうになる。

 海を照らす太陽は徐々にオレンジ色を見に纏い、ゆっくり傾いていく。

「有桜……俺さ、正直、初めは何で俺が、お前みたいなガキと暮らさなきゃいけねーのかとか思ってた……でも本当いつからかわからないけど、
有桜と暮らすの嫌じゃなくてさ、……俺が帰ってくる時に『おかえり』って言ってくるのが嬉しかった」

 ポタンポタンと私の足下のテトラポットに小さな輪ができる。

「でもな、……俺、多分これから一緒に居ても、有桜自身をちゃんと見てやれるか自信ない。……俺は、有桜を那月の代わりとしか見てないような気がしててさ……ごめん……わかんなくてさ。自分のことなのに……だから」

 私は首を振った。その言葉の続きが分かってるから。  

「それでもいい……」

「有紗」 

 見上げた遥は苦しそうで、私は気づいたら遥を抱きしめていた。

「……半分こ……」

「有桜?」

 遥が泣き出した私の背中をそっと摩る。

「遥の、……しんど、いの……半分私が貰うから。ひっく……何でも、半分こに……したら、遥は、楽に……なってくれる?……」

「……有桜が……しんどくなるじゃん」

 そう言った遥の声が、泣きそうで私はたまらなくなった。

 遥のしんどいのも苦しいのも、分けてほしくて、心だけは、分けられないモノだって分かってるのに。遥が私に身体預けるように深く抱きしめた。

 初めて遥に、痛い位に抱きしめられる。今までこうやって、ひとりぼっちで、遥はどの位、寂しさに耐えていたんだろうか。

 オレンジ色の夕陽が私たちを穏やかに包む。

私が遥を見上げるのと、私の頬に上から、雫が、一粒落ちてくるのが一緒だった。

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