忘れさせ屋のドロップス
ーーーー遥が泣いていた。
初めてみた遥の涙は、私まで苦しくなって、
思わず遥の頬に触れていた。
「遥……大丈夫、だから」
遥の手が私の頬に触れる。
「ばーか……何で有桜も泣くんだよ」
「遥が泣くから……」
遥は親指で私の涙をすくった。
遥は笑ってたけど、私は遥の笑った顔を見るのが苦しかった。なんでも一緒に分け合えることができるなら、一人では耐えられない夜も心も少しだけ軽くなる気がして。いつも遥が私が泣かないよう、そうしてくれたように。
近くなった遥の顔を見ながら、私は目を閉じた。
ーーーー私の初めてのキスは、遥の涙の味がした。
帰りの車内で、遥はほとんど話さなかったし、私もガラス瓶の中の貝殻を眺めながら、自分から話しかけなかった。
ようやく、家の近くの駐車場に車を停めてから遥が口を開いた。
「有桜……ごめん」
「は、るか?」
「何で聞かねーの?」
「……え?」
さすがの私も、すぐにキスのことかなと頭をよぎったけど、遥が、私に謝るほど、気にしていたことに驚いた。
「キスしたから、俺が勝手に。ほとんど無意識だったけど……だから、ごめん」
私の方を一瞬ちらっと見ると、
遥は掌にドロップスを2つコロンと出して私の前に差し出す。
「……とりあえず、忘れていいから」
私は首を振った。遥が呆れたように、いいから口開けて、とドロップスを摘んで私の唇に持ってくる。
「有桜、口開けて」
「いらないっ、だって……嫌じゃなかったもん」
思わず口を突いて出た言葉に、慌てて口元を覆う。
遥がすぐに私から離れると、今度は大きなため息を吐いた。掌のドロップスは2個とも纏めて遥が自身の口の中に放り込んだ
「……お前な、俺甘やかしてどーすんだよ」
「は、遥は忘れようとしてるの?」
カロン、コロンとドロップスを数回転がすと、珍しく遥が少し顔を赤くした。
「そうじゃねーよ、俺が有桜の前で泣いたから、それ忘れようとしてんの、恥ずかしーだろうが、いっつも有桜のこと泣き虫扱いしてる上、フレンチトースト作ったばっかなのにさっ」
笑うなよ、と拗ねた遥が可愛かった。
「これからも……一緒に住んでも、いいの?」
「……有桜こそ、俺とで嫌じゃねーの?」
遥が聞いてるのは、遥が私をなつきさんの代わりとして、見てしまうのを心配しているから。
遥が今も好きで、忘れられないのは、なつきさんだから。きっと、私のことを見てくれる日なんて来ないんだとおもう。遥の涙をみてそう思った。それでも……私は……。
「……遥の、隣がいいから……」
また泣きそうになったけど、ガラス瓶の貝殻を見ながら引っ込める。
「……もし、……しんどくなったら、必ず言って」
私が頷いたのを、遥が真顔で確認すると、私の頭をくしゃっと撫でた。
「じゃあ、これから、お互い泣くの禁止な」
遥が悪戯っぽくそう笑うと、私のおでこをツンと突いた。