忘れさせ屋のドロップス
第6章 ドロップスの副作用
ダイニングテーブルに二人で向かい合って腰掛けた。

 さっきの朝ご飯の時はあんなに楽しくて、遥の顔を見てるだけで幸せな気持ちになれたのに、今から遥に何を言われるのか、やっぱり怖い。

 どんな風に話せばいいのかもわからなくて。

「ごめんな」

 遥は私の目を真っ直ぐに見てそう言った。

「大体だけど、有桜が、あいつにどんなこと言われたのか、分かってるつもりだから」 

 私はスウェットの裾を強く握った。
遥が、もう一度小さな声で、ごめん、と呟いた。

「もう、会わない、よね?あの人と」

 遥は少しだけ間があって、目線を私からダイニングテーブルに移すと、頬杖をついた。

 伏せ目がちな遥を見てすぐに分かった。

「……今日の夜で最後にするから」

「……やだ」

「え?」 

「私……もう……遥がお金で買われるのを、見たくないの……」

 言葉にすると途端に苦しくなる。それでも、もう、遥に自分を傷つけるような事を続けて欲しくなかった。

「遥は……嫌じゃないの?」

「何が?」

「遥だって、その……誰とでもってゆうの、」

「別に。需要と供給だろ。俺は女抱くこと何とも思わない。ただ空気吸ってんのと一緒」

ーーーー俺は嘘を吐いた。そうじゃない。違う。ただ苦しいからだ。

 誰かから同じように、寂しさを紛らわせるコトを求められたら、空っぽの自分をごまかす為だけに一晩過ごす。


 そうやって、自分を削らないと俺が保たない。寂しくて、どうにかなりそうで。

そうやって、那月が死んでからの2年間をギリギリ耐えてきたから。

「違う!」

「違わねーよ!」

 力一杯ダイニングテーブルに拳を叩きつけていた。有桜が体を震わせるのが分かった。


「何?お前も抱いてほしいわけ?」

「違う!」

「じゃあ何だよ!」

「遥の嘘つき!」

 俺を真っ直ぐに見た有桜の大きな瞳から涙が溢れた。

 分かってた。ずっと震えてたから。

「平気な訳ないじゃん!しんどいに決まってる」

ーーーーその顔だ。俺と居ると有桜はそんな顔ばかりだ。泣かせてばかり。

「お前に、何がわかんだよ!」

「わかんないよ!わかんないけど……遥、壊れちゃう」

「何それ。俺は全然平気」

もう限界だ、そう思った。

有桜とは一緒に居られない。

「来いよ」

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