忘れさせ屋のドロップス

『有桜、いまどこなの?』

 私は震える手で、すぐに削除ボタンを押した。急にカタカタと震え出す身体を両腕で、固く抱きしめた。

 たまらなく怖くなって、思わず遥を起こそうかと思った。大丈夫だからって背中を摩って欲しかった。

 でも、今は遥に負担をかけたくなかった。遥の側にいる事でこれ以上迷惑かけたくなくて、何より遥を困らせたくなかった。


ーーーー遥に言えない、そう思った。

 暫く私はダイニングテーブルの椅子から動けなかった。

 平気な顔ができるまで、何度も深呼吸を繰り返した。渚さんにも心配かけたくなかったから。

 まだ眠ってる遥を見ながら、ドロップスを放り込むと、私はようやく3階への階段を登った。

 私を待ってくれていたのか玄関の扉はインターホンを押して、すぐに開かれた。 

「遅かったね、どうぞ」

 渚さんは、耳下で切り揃えられた髪を揺らしながら、にこりと笑った。

 ダイニングテーブルの椅子に座ると、マグカップにココアを注いで私の目の前にコトンと置いた。

「何、忘れたいの?」

 ドキンとした、渚さんは困ったような顔で私を見ていた。

「私……」

 言えない……、これ以上、負担に思われたくなくて。

 カロンとドロップスを転がしたまま、下唇を噛んだ私を見て渚さんが、私の手を握った。
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