忘れさせ屋のドロップス
「ドロップスね、元々那月ちゃんが亡くなってから、ぐっすり眠れなくなった遥の為に作ったんだ。眠れないことを『忘れる』為に。あと、遥が一人で『泣かない』為に。
……アイツはいつからか、別のことを忘れる為、にドロップスを口に入れてるけどね」
「遥は……何を忘れる為に?」
うーんと宙に視線を泳がせてから渚さんが、私の瞳を真っ直ぐに見た。
ーーーー「好きになること」
見開かれた私の瞳をみて、渚さんが、私の頭をくしゃっと撫でた。
「ごめん……有桜ちゃんからしたら酷な話だよね。……勿論、遥から聞いた訳じゃないし……アタシの勝手な推測だけど。……遥は大事なことになればなるほど言わないヤツだから。……遥は、次に誰かを真剣に好きになって、例えばその人を失うような事があれば、多分耐えられないと思う。元々メンタルが強いタイプじゃないから、強がってるだけでね」
ーーーー遥はドロップスを手放せない。
それは一緒に暮らし始めてすぐに気づいてた。何を忘れようとしているのか、私も気づいているようで、でも確信はなくて、うやむやでいいと思ってた。
遥が、もう誰も好きにならない為にドロップスを食べているとだとしたら、私の想いは遥に負担になっているんじゃないか。
ーーーーそう思った。
「あの、ドロップスって副作用はないんですか?」
渚さんがにこりと笑った。
「余程の量じゃない限り、一時的に脳の回路の一部を『忘れる』よう麻痺させるだけだから、副作用はないよ、……あ、……ただ……」
何かを思い出したように、渚さんの顔が難しくなる。
「その『忘れたいこと』への心のキャパがオーバーしちゃうと、脳の回路がショートしちゃうから、逆に忘れたくないことを『忘れちゃう』可能性はあるかな。……有桜ちゃんも食べてるんだよね?量は少ない?大丈夫?」
「あ、……私は、寂しくなったり、泣きたくなるときに食べる位で……普段は遥が居てくれるから。……遥の量の方が、気になります」
「そっか、元々遥に合わせて作ったものだし、有桜ちゃんはあまり食べないようにね、どうしてもの時だけ」
渚さんが確認するように私を覗き込んだから、私は小さく頷いた。