忘れさせ屋のドロップス
とくんとくん……
誰かの心臓の音。でもあったかくて、安心する。ずっと聴いていたい音。
「……起きた?」
私の斜め上から遥の声が降ってきて、ようやく気づいた。
遥の背中に手を回したまま、遥の腕の中で眠っていた自分に。
「はるっ、え!……わっ」
思わず腰が引けてベッドから落っこちそうになった私を、遥が慌てて私の身体ごと腕でかかえるようにして、ベッドに戻した。
「あ……っぶねーな」
「あ、その、えっと、ごめんなさい」
「で?大丈夫?」
こくんこくんと2度頷いた私をみて、頭の上にポンと手を乗せると、遥が身体を離して起き上がる。
咄嗟にスウェットの裾を掴んだ。
「有桜?」
「私……」
ただ遥の腕の中が心地よくて、離れたことが寂しかった。
「もうちょいだけな」
ぶっきらぼうに、そう言うと遥が私を抱きしめた。
「しんどかったな、昨日。もう大丈夫だから」
子供にするみたいに背中を摩る。遥に優しくされると涙が出そうになるのは何でだろう。
「怖かった……」
「うん……ごめんな、俺……のせいだな」
「違っ……」
遥は自分のせいで、私が過呼吸を起こしたと思ってるんだ。違う、あの人からの……。
「遥の、せいじゃない」
「嘘つくな。あきらか、俺のせいだろーが」
遥がコツンと私の頭を小突いた。
本当はあの事を遥に言いたかったけど、どうしても言えなかった。
「遥」
「何?」
「もうどこにも行かないよね?」
朝から涙をいっぱい溜めた私を見て遥が、ふっと笑った。
「俺、今日から無職なんで。泣き虫置いて何処にも行かねーよ」