忘れさせ屋のドロップス
第7章 海月と魚
ベリベリと遥が、窓ガラスに貼り付けてあった、『忘れさせ屋』の広告を端から剥がしていく。掌でくしゃっと丸めると、ぽいと床に転がした。
「有桜ー、雑巾取ってー」
雑巾を絞って渡すと、背の高い遥が窓ガラスの上の方を拭いていく。
背が低い私は遥の下で窓ガラスの下の方を拭いていた。
「きたねーな」
「掃除できて丁度良かったね」
ゴシゴシと力を入れて窓ガラスの半分より下を拭き上げていく私を眺めながら、遥が笑った。
「何?」
「いや、……これ貼った時は、マジで俺どん底だった訳。それなのにさ、いまこれ外して、有桜と拭き掃除してるのとかさ、なんか可笑しいだろ」
「急に、辞めて……大丈夫?」
「別に。一人で暇だから始めただけだし」
遥はしゃがんでバケツで雑巾を濯ぎながら、ボソッと呟いた。
心臓がまたチクンと痛んだ。暇だからじゃない。
ーーーー寂しいから。
だから同じように寂しい気持ちを抱えてる人と、遥は夜を共にしてきたんだと思う。遥は優しいから。一人で『寂しい』は抱えきれないのを遥は知ってるから。
「遥、……ありがとう」
雑巾を絞って立ち上がった遥が、私の目の前に立つと、私をじっと見つめた。
「え?……な、に?」
「お礼言うの俺の方だろ」
そう言うと、雑巾をもった手はそのままに、遥は屈むと私の額に額をコツンと当てた。
「ありがとーな」
それだけ言うと、遥はあっという間に離れていった。
真っ赤になった私を見ながら、口角を上げると、遥は何事もなかったかのように窓を拭き始める。