忘れさせ屋のドロップス
リリリリン、リリリリンーーーー
寝室から聞こえてきた着信音に、思わず体が跳ねた。
「有桜?スマホ鳴ってんぞ」
「あ、うん。……見てくる」
私は精一杯、顔に出さないように取り繕って、寝室に駆け込むと、スマホの液晶を確認する。通話を切るボタンをタップして、そのまま電源を落とした。
小さく震える掌を握りしめる。心臓がまた苦しくなりそうで深呼吸を繰り返した。
「有桜?」
振り返ると雑巾とバケツ片手に寝室のドアから身を乗り出した遥がいた。
「あ、大丈夫。間違え電話みたいだったし、切れちゃったから」
「あっそ。なぁ、昼どーする?冷蔵庫にあった焼きそばでいい?」
「うん、あ、私作るから」
「いいよ、暇だし」
「じゃあ、手伝う!」
遥が、ぷっと笑った。
「ガキのお手伝いじゃねーんだからさ」
早く来いよ、そう言うと遥は寝室のドアを、パタンと閉めた。
私は小さく息を吐いた。嫌な予感がした。遥ともう一緒に居られなくなりそうで、怖かった。
カランーーーー。と扉が開く。
「遥ー?」
私達が焼きそばを食べていたら、休日の渚さんがスウェット姿でやってきた。
「おせーよ、冷めんだろーが」
「ごめん、ちょっと電話が長くてね」
「昼休みくらい、姉貴無しで過ごせーねーのかよ、アイツは」
「あははは、言っとくよ」
パイプ椅子に跨って、焼きそばを頬張っている遥の横の『summer』の椅子に渚さんが腰掛けた。
「あ、美味しー。いつもの遥のと違う!有桜ちゃん何入れたの?」
「あ、ケチャップをひと匙だけ」
「美味いよな、ちょっとしたことなのにさー。でも炒めたの俺だからなー」
「子供だな、なんでも遥の手柄にしたいお年頃だな」
「ちげーよ!」
クスッと笑った私を見て、遥と渚さんも笑った。
「遥、ちゃんとできたじゃん」
渚さんが指差しした先は、さっき二人で掃除した窓ガラスだった。
焼きそばを、食べる手を一瞬止めた後、遥が、別にと口を尖らせた。