愛を知るまでは★イチゴキャンディ編★
クリスマスプレゼントの行方


次の日。

世の中はクリスマスイブが主流になりつつあるけれど、本来キリスト様の生誕は12月25日だ。

ある意味、25日の方が宗教的には大事な日であって、おろそかにしてはならないのだ。

などということは、私にはまったく関係ないことなのだが、25日にクリスマスプレゼントを渡すことは別におかしい事ではないはずだ。

私は前に鹿内さんと行った、パワーストーンを扱うオリエンタルな店の扉を再び押していた。

この前はよく見ていなかったけど、その店の名前が小さく店の扉の横に英語で書かれていた。

店の名前は「What Is Love」

「・・・愛ってなに?」

薄暗い店内に入ると、以前と同じ女性がレジの前に座っていた。

今日はカーキ色のワンピースに黒いレースのカーディガン、膝の上にはやっぱりこの前と同じ黒猫がちんまりと体を預けている。その飼い主は、今日は赤いバンダナを頭からかぶっている。

相変わらずその女性は、全く商売気がないみたいで、私の存在など視界の中にも入っていないような素振りだった。

「あの」

私に声を掛けられて、初めて店主はゆっくりと私の顔を認識したようだった。

その割には記憶力が良いようで、私の顔を見た途端、すぐにこう言った。

「ああ。この前ここでサードオニキスとイエローアベンチュリンのブレスレッドを購入したお客さんだね。たしかご両親へのプレゼントだったっけ?どう、喜んでくれたかね?」

「はい!とっても気にいってくれたみたいで、二人お揃いで毎日付けてくれています。」

「そう。そりゃ良かった。ここにある石は全て心を浄化させる作用があるからね。きっとアンタの想いも伝わっている筈だよ。」

そう言うと店主は店内をキョロキョロと見まわした。

「おや?今日はあのお兄さんは一緒じゃないのかい?」

「えっと・・・今日は、この前一緒について来てくれたあの人に、プレゼントしたいと思って来ました。」

「ほう。あのお兄さんはアナタにとってどんな人なんだい?」

「・・・大切な人です。」

「そう。」

その店主の女性は私の顔を穴の空くほど見ると、くしゃりと顔を崩した。

「その人にプレゼント、ね。」

「はい。」

私は顔を少し赤らめてコクリと頷いた。

「で?今日は何をお求めで?」

「この前、一番最初におすすめして頂いた、アクアマリンとアメジストのブレスレッドが欲しいと思いまして。」

「ああ。あれね。」

「トラウマや心の傷に効くんですよね?」

「そうね。どれどれ。」

女店主はガラスケースを開けて、パワーストーンで作られた雑貨の中から、私の求めるものを探し出してくれた。

「ああ。あったよ。これだろ?」

その手には紫色と透明な光を放つ、ブレスレッドが握られていた。

「そうです!あの・・・これふたつあったりしますか?」

出来れば、内緒でこっそりお揃いで持っていたい。

「ああ。残念だねえ。ついこの前までふたつあったんだけど、

ひとつお買い上げされてしまったんだよ。そのお客さんも大切な誰かにあげるらしくてね。」

「あ、そうなんですか・・・。」

ちょっと残念だけど、鹿内さんの分があればいいか。

「じゃあ、それをひとつ下さい。」

「ちょっと待ってな。今包装するから。」

女店主は正方形の白い箱の中にアクアマリンとアメジストのブレスレッドをそっと入れ、蓋をし、シルバーのてかてか光る包装紙で丁寧に包んでくれた。

そして店名である「What Is Love」と書かれた楕円形の小さなシールをその包装紙の上にペタリと貼り付けた。

「おいくらですか?」

「5千円だよ。」

私はお気に入りのクマが刺繍されている財布のボタンを開けて、バイト代でもらった千円札5枚を差し出した。

女店主は私のお札を受け取りながら、意味深にニヤリと笑い

「アンタの想い、その大切な人に届くといいね。」

そう言って私に小箱を渡した。



そして夜がやって来た。

鹿内さんは今日もバイトで遅く帰ってくるらしい。

私は鳥の丸焼きを食べながら、いつ、どのタイミングで鹿内さんにプレゼントを渡そうかそればかりを考えていた。

テレビでは、クリスマスの夜、特別に願いを叶えてくれる、という毎年恒例の番組が映っていた。

司会者はもちろん、あの独特な笑い方をするお笑い界のレジェント芸人である。

「うん。コンビニのクリスマスケーキも悪くないわね」

ママはエプロンで手を拭くと、私が持って帰ってきたクリスマスケーキのクリームを指で掬って舐めた。

「ママお行儀が悪いわよ。」

「まあまあ。それよりお店の雰囲気はどうだった?怖いお局店員さんとかいなかった?」

「ううん。店長も店の人も感じ良かった。」

「店長って男か?」

パパがビールを飲む手を止めて、私とママの会話に入り込んできた。

「うん。そうだけど。」

「そうか~。つぐみもようやく男と普通に会話できるようになったか~!成長したな!」

パパはそう言うと、ご機嫌な様子で私のコップに少量のビールを注いだ。

「これも鹿内君がウチに来てくれたお蔭かもしれないな。

しかしここ最近はいつも夜遅く帰って来て、一緒に晩酌出来ないのが残念だよ。」

「仕方ないでしょ?鹿内君は居酒屋で働いているのよ。

年末年始の居酒屋は書き入れ時なんだから。」

ママがパパにたしなめるように言う。

「じゃあとりあえず、つぐみの初バイト成功を祝って乾杯しよう。ほれ、カンパーイ!」

パパは誰かれ構わず、人にお酒を飲ませるのが好きな人だ。

最近は鹿内さんに構ってもらえないものだから、とうとう私にまでお酒を勧めてきた。

でも、お酒ってどんな味がするんだろう?

お酒の強さは親から遺伝するって聞いたことがある。

パパは無類のお酒好きだけど、ママはどうなのだろう。

ママがお酒を飲む姿は、めったに見たことがない。

お正月や家族で旅行に行くとき、少しだけ口をつける程度だ。

もし私の体質がパパに似ていればいいけれど、ママに似ていたらあまりお酒は飲まない方がいいのかもしれない。

私は興味本位で、ビールの入ったコップに口を付けてみた。

苦い!なにこれ?

これの何が美味しいの?

でもちょっと待って。

案外いけるかも。

「お!つぐみ、いい飲みっぷりだな。ほれ、もう少し飲め。」

父はさらに私のコップにビールを注いだ。

「ちょっとパパ、やめてくださいよ!」

「いいじゃないか、少しぐらい。今日はキリスト様の誕生日なんだから、神様も少しは多めに見てくれるさ。」

私はさらにビールを口に入れた。

喉に強い炭酸と苦みが駆け抜ける。

これが大人の味か。

苦いけれど、どこかフルーティで乾いた喉を潤してくれる。

あれ?顔が火照って来た。

頭がぐるぐる回る。

まだケーキも食べてないのに。

「何だ、もう酔ったのか?つぐみも信二と同じですぐに顔が真っ赤になるタイプなんだな。」

「もう、パパったら!つぐみ、お水飲んでお風呂にはいっちゃいなさい。」

「は~い。ママ、私の分のケーキ、残しといてね。」

私はママから水を一杯貰いごくごくと飲み干し、

眠い目をこすりながら、2階の自室へと向かった。

そして部屋に入るとベッドの上でゴロンと転がり、いつの間にか眠ってしまった。

机の上に置いた鹿内さんへのプレゼントの箱が、酔った私の目にはユラユラと揺れて映った。



ハッと目が覚めたのは夜の12時過ぎだった。

パジャマにも着替えず、そのまま眠ってしまっている自分に気づく。

ビールの酔いのせいか、まだ少し頭が重い。

そういえばまだお風呂に入っていない。

私はパジャマと下着を持って、一階の風呂場へ向かった。

風呂場のドアを開けると、中では裸の鹿内さんがタオルで身体を拭いていた。

「すっ、すいません!!」

私はとっさにそう叫ぶと、すぐさまドアを閉めた。

鹿内さんの身体は、野球部での練習の成果なのか、はたまた居酒屋で重いモノを持って仕事をしているからなのか、腕・太もも・ふくらはぎ・そしてお尻、全てにおいて、ほどよい筋肉が付いていて、まるで美術室にある彫刻のようだと思った。

初めてパパ以外の男性の裸体を見てしまった私は、ドアの外でふらふらとよろけ、壁にゴツンと頭をぶつけてしまい、脱兎のごとく自分の部屋へ逃げ帰った。

後ろを向いていたから、大事なトコロは見ていない。

そう、断じて見ていない。だからセーフ。うん、セーフ、な筈だ。

いや、アウトかセーフかを決めるのはあくまで鹿内さん側なのだけれど。

でも風呂場のプレートはたしかに「空き室」となっていた。

だとしたら明らかにこれは鹿内さんのミスだ。

私は決して悪くない。うん。だからセーフだ。

そう一人問答をして興奮を冷ましていると、コンコンと部屋のドアが鳴った。

「は、はい!」

ドアを開けると、白いTシャツにスエットを履いた鹿内さんが立っていた。

濡れた髪が妙にセクシーで目のやりどころに困ってしまう。

「風呂、空いたよ。」

「あ、はい。わざわざすみません。」

「じゃあな。おやすみ。」

「はい。おやすみなさい。・・・あの!」

ドアを閉めようとした鹿内さんが、再びドアを開けた。

「ん?」

「あの・・・私、見ていませんから。なにも。」

「別に見られたからって減るもんでもないし。気にするなよ。」

「気にしますよ!ちゃんとプレートを使用中にしておいてください。」

「なんで見られた俺が怒られなきゃなんないのか良く分かんないけど。」

「うら若き乙女が同居しているんですから、そこのところちゃんとしてください!」

すると鹿内さんは口角を上げて言った。

「うら若き乙女のつぐみちゃん。実は男の身体に興味があるんじゃない?」

「?!」

「今度一緒にお風呂に入ろうか?保健体育の特別授業を手取り足取りしてあげるよ?」

「な、な、なに言っているんですか?セクハラです!」

「ははは。そうだな。まだ君のパパに殺されたくない。」

鹿内さんは私のおでこをピンッと人差し指で撥ね、今度こそドアを閉めて、

自分の部屋へ帰って行った。

まるで小さな子供に諭すようなわざとらしい話し方がムカつく。

ガキだと思って完全にからかわれている。

そして鹿内さんは、絶対むっつりスケベだ。

その時、ふと机の上に置かれた鹿内さんへのプレゼントの存在に気づいた。

今がプレゼントを渡す絶好のチャンスだったのに。

今更、また部屋を訪ねるのも、なんだか気が抜けてしまって足が動かなかった。

私は明日こそプレゼントを渡そうと心に決め、再度お風呂場に向かった。



次の日。

学校は冬休みに入っていた。

私は鹿内さんがバイトに出かける前に、プレゼントを渡そうと決意した。

今日の午前中は鹿内さんがバイトに入ってないことは調査済み。

昼前に、鹿内さんの部屋に行き、プレゼントを渡す!

今日を逃したら、クリスマスプレゼントの意味がなくなってしまうような気がした。

心臓をバクバクさせながら、鹿内さんの部屋のドアを叩こうとした。

その時、部屋の中から誰かと、スマホで話している鹿内さんの声が聞こえた。

それは私をナンパしようとした男に話すような、イライラしたような、

心の底から迷惑そうな声音だった。

「・・・いらねえよ。」

「!!」

「・・・だからクリスマスプレゼントなんかいらねえって言ってんだろ?

これ以上俺のテリトリーに入って来ないでくれる?いい加減迷惑なんだよ。

もう2度と電話なんてかけてくるなよ?」

全身に冷や水を掛けられたように、身体が凍った。

私はとっさに手にしていた銀色の小箱をポケットに中に仕舞った。

こんなに冷たくて非情な鹿内さんの声を聞いたことがなかった。

藤沢さんに対する少しふざけたような態度とはまた違う。

それは頑なな拒絶だった。

自分に言われたわけじゃないのに、身体の震えが止まらなかった。

今のは本当に鹿内さん?

誰にそんな言葉を浴びせているの?

いつもそんな言葉で自分への好意を撥ねつけているの?

私はポケットの中の小箱をそっと触った。

これを鹿内さんに渡す前で良かった。

こんなものを渡したら、鹿内さんに嫌われてしまう。

好かれなくてもいいけど、嫌われるのは絶対に嫌だ。

・・・どれくらいそうして佇んでいただろうか。

突然部屋のドアが開いた。

鹿内さんは私を訝し気に見た。

「つぐみ?何か用か?」

「あ・・・ママが、昨日のケーキが残っているから、鹿内さんも遠慮なくどうぞって。」

「悪いけどこれからバイトだから。帰ってから食うって言っておいて。」

「はい・・・」

黒い革ジャンを羽織った鹿内さんは、それだけ言い残し階段を降り、去っていった。

どうすればそんな氷のような鹿内さんの心を溶かしてあげられるの?

私は自分の部屋に戻り、洋服箪笥の引き出しの奥の、セーターの下にその小箱を隠した。



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