愛を知るまでは★イチゴキャンディ編★
お祖母ちゃんとの約束
私は次の日の午前中、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に行くことにした。
私の通う私立桜蘭女子校の理事長である水梨桜子先生が最近こんなことを言い出した。
「朝起きてまず何をしようかと思いますよね。
きっと自分のやりたいことでいっぱいだと思います。けれどちょっとだけ足を止めて考えてみましょう。自分のことより、すぐそばの誰かのために行動してみませんか?
そこで私は提唱します。たまには午前中のひとときを誰かのために使いましょう。わが学園は一か月に一度、午前中休暇を設けます。いいですね、わが桜蘭学園の貞淑な女子の皆さん。」
なんて素晴らしい提案なのだろう・・・私はもう50歳を超えているというのに、長い黒髪に白い肌が美しい理事長、水梨桜子先生の顔を思い出しながらこの学園に通えることを誇りに思った。
それからは、その午前休暇のときはパパの実家である山本家に顔を出すことに決めた。
康太郎お祖父ちゃんも信江お祖母ちゃんも、私が遊びにいくと、とても喜んでくれる。
二人の初孫であり、また唯一の孫である私をとても可愛がってくれているのだ。
私は久しぶりに手作りしたシュークリームをお土産に、勝手知ったる山本家の玄関の扉を開けた。
「おはよう!お祖母ちゃん!!」
私は黒いローファーを脱ぐのももどかしく、お祖母ちゃんのいつも座っている居間に入っていった。お祖父ちゃんはもう60歳を過ぎているけれど、まだ現役で区の臨時職員として働いている。
だから午前中に行くと顔を見られないのが残念だ。
「あら、つぐみ。おはよう。」
お祖母ちゃんはトレードマークのお団子ヘアーにチェックの割烹着を着て、掃除機をかけていた。
「ちょっと待っていてね。今、これ終わらしちゃうから。」
「うん。」
私は信二兄ちゃんの部屋へ一旦避難しようと2階へあがった。
信二兄ちゃんの部屋は相変わらず、飲みかけのペットボトルや食べかけのスナック菓子が低いテーブルに置かれていて汚かった。なんだか変な匂いがしたので窓を開けて空気を入れ替える。
信二兄ちゃんには「もうつぐみも高校生なんだから、俺の部屋に勝手に入るんじゃないよ」と言われているけれど、小さい頃からこの部屋で絵本を読んでもらっていたせいか、図書館感覚でつい部屋の扉を開けてしまう。
ふと机の上をみると真新しい大学ノートが置かれていて、その表紙には黒マジックで「古典」と書かれていた。
その文字は達筆で勢いがあって、ミミズをくねくねしたような字を書く信二兄ちゃんのものではないことがすぐにわかった。
ぱらりとノートを開くと、表紙と同じく綺麗な文字が整然と並んでいる。
古典単語とその意味がとても分かりやすく羅列されていた。
「信二兄ちゃんのお友達の忘れ物かな・・・?」
私はそのノートの取り方で、その持ち主の真面目で几帳面な人物像を思い描いていた。
きっとビン底眼鏡をかけて、家にあるものをいつもの定位置に置かれていないと落ち着かないというような、神経質でいかにも秀才って感じの人なのだろうな。
そういう細かい男って、女性の家事の仕方にもうるさそう。
ここにまだゴミが残っているだろ?とかなんとか言って、小さなことまで細々と文句を言うのだ。だったら自分で掃除してよって言いたいけど、きっと「女なのにそんなことも出来ないのか?」とネチネチ嫌味を言ってくるに違いない。あー男ってほんと嫌な生き物だ。やだやだ。
「つぐみーー!」
一階から信江お祖母ちゃんの私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「はーい!!」
私は信二兄ちゃんの部屋を出て、階下へ降りていった。
「はい!これシュークリーム。」
私は小さな箱にいれた手作りスイーツを信江お祖母ちゃんに手渡した。
「まあまあ。いつもご馳走様。」
「いいえ。私にはこれくらいしか取り柄がないもん。」
「そんなことないわよ。編みぐるみだって得意じゃない?」
「うん。でもちょっと子供っぽいかなって・・・」
「そんなことないわよ。素敵な趣味じゃない。」
「うん。信二兄ちゃんの子供に編んであげようかなって思っていたのにあてが外れちゃった。」
「え?信二の子供?随分先の長い話ねえ。」
信江お祖母ちゃんが入れてくれたお茶を飲みながら、私はパパとママの夜中の話を聞いて自分に赤ちゃんのいとこが出来るかも、と勘違いしたこと、そして家に信二兄ちゃんの親友という男が居候するという話を昨夜初めて聞いて、すごく怒っていることを話した。
信江お祖母ちゃんは私の話を聞き終わると、破顔一笑した。
「ほほほ!つぐみったら、随分飛躍した考えをしたものねえ。面白いわ。」
「笑い事じゃないわよ、お祖母ちゃん。
私の赤ちゃんを可愛がる夢が台無しになったのよ!
その代わりに、家に知らない男が住むのよ!ありえない!
パパもママもひどいよ。そんな大切な話、ふたりで決めちゃって。」
「だって、つぐみ大反対するでしょ?」
「当たり前だよ!」
私は信江お祖母ちゃんに八つ当たりするかのように、思いつくままに文句をまき散らした。
「まあまあ。つぐみ。これを見て?」
信江お祖母ちゃんはキッチンに立つと、透明の小さな小瓶を持ってきた。
「なあに?それ。」
その小瓶の中には色とりどりのギザギザが付いた丸いものが入っていた。
「これ。金平糖よ。」
「金平糖?」
「そうよ。お祖母ちゃんが小さい時、たまにこれを買ってもらうのが、すごく楽しみだったの。
甘くて小さな玉が舌の上でコロコロ転がってね。今でも大好物なの。」
「ふーん。確かにすごく綺麗・・・。」
「これね。鹿内君が私にどうぞって持ってきてくれたものなのよ。」
「鹿内君?」
「そう。信二の親友の男の子。」
たしか信二兄ちゃんが言っていた名前・・・鹿内・・・とか言ってたっけ・・・。
「すごくいい子なの。お食事もとても綺麗に残さず食べるし、お祖父ちゃんの面倒くさい説教話もちゃんと聞いてくれてね。おまけにちょっと憂い顔がセクシーで、スタイルもいいし、とにかく格好いいのよ。」
「もう。お祖母ちゃんはホントにイケメンに弱いんだから。」
「男嫌いのつぐみだってきっと気に入ると思うわ。絶対に。」
「いいえ。絶対に気に入りません!!賭けてもいいわよ?」
「そうお?何賭ける?」
「そうね。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに、温泉旅行をプレゼントしてあげる。」
「わかった。その代わり鹿内君とつぐみが仲良くならなかったら、お祖母ちゃんの大事にしているヨン様の生写真あげる!」
「ええー。いらないよ。そんなの。」
「なによ。お祖母ちゃんの宝物なのよ!」
「わかったわよ。じゃあ約束ね。」
自信満々の顔をしているお祖母ちゃんをちょっと恨めしく思いながら、私はお祖母ちゃんの小指に自分の小指を絡めた。
私の通う私立桜蘭女子校の理事長である水梨桜子先生が最近こんなことを言い出した。
「朝起きてまず何をしようかと思いますよね。
きっと自分のやりたいことでいっぱいだと思います。けれどちょっとだけ足を止めて考えてみましょう。自分のことより、すぐそばの誰かのために行動してみませんか?
そこで私は提唱します。たまには午前中のひとときを誰かのために使いましょう。わが学園は一か月に一度、午前中休暇を設けます。いいですね、わが桜蘭学園の貞淑な女子の皆さん。」
なんて素晴らしい提案なのだろう・・・私はもう50歳を超えているというのに、長い黒髪に白い肌が美しい理事長、水梨桜子先生の顔を思い出しながらこの学園に通えることを誇りに思った。
それからは、その午前休暇のときはパパの実家である山本家に顔を出すことに決めた。
康太郎お祖父ちゃんも信江お祖母ちゃんも、私が遊びにいくと、とても喜んでくれる。
二人の初孫であり、また唯一の孫である私をとても可愛がってくれているのだ。
私は久しぶりに手作りしたシュークリームをお土産に、勝手知ったる山本家の玄関の扉を開けた。
「おはよう!お祖母ちゃん!!」
私は黒いローファーを脱ぐのももどかしく、お祖母ちゃんのいつも座っている居間に入っていった。お祖父ちゃんはもう60歳を過ぎているけれど、まだ現役で区の臨時職員として働いている。
だから午前中に行くと顔を見られないのが残念だ。
「あら、つぐみ。おはよう。」
お祖母ちゃんはトレードマークのお団子ヘアーにチェックの割烹着を着て、掃除機をかけていた。
「ちょっと待っていてね。今、これ終わらしちゃうから。」
「うん。」
私は信二兄ちゃんの部屋へ一旦避難しようと2階へあがった。
信二兄ちゃんの部屋は相変わらず、飲みかけのペットボトルや食べかけのスナック菓子が低いテーブルに置かれていて汚かった。なんだか変な匂いがしたので窓を開けて空気を入れ替える。
信二兄ちゃんには「もうつぐみも高校生なんだから、俺の部屋に勝手に入るんじゃないよ」と言われているけれど、小さい頃からこの部屋で絵本を読んでもらっていたせいか、図書館感覚でつい部屋の扉を開けてしまう。
ふと机の上をみると真新しい大学ノートが置かれていて、その表紙には黒マジックで「古典」と書かれていた。
その文字は達筆で勢いがあって、ミミズをくねくねしたような字を書く信二兄ちゃんのものではないことがすぐにわかった。
ぱらりとノートを開くと、表紙と同じく綺麗な文字が整然と並んでいる。
古典単語とその意味がとても分かりやすく羅列されていた。
「信二兄ちゃんのお友達の忘れ物かな・・・?」
私はそのノートの取り方で、その持ち主の真面目で几帳面な人物像を思い描いていた。
きっとビン底眼鏡をかけて、家にあるものをいつもの定位置に置かれていないと落ち着かないというような、神経質でいかにも秀才って感じの人なのだろうな。
そういう細かい男って、女性の家事の仕方にもうるさそう。
ここにまだゴミが残っているだろ?とかなんとか言って、小さなことまで細々と文句を言うのだ。だったら自分で掃除してよって言いたいけど、きっと「女なのにそんなことも出来ないのか?」とネチネチ嫌味を言ってくるに違いない。あー男ってほんと嫌な生き物だ。やだやだ。
「つぐみーー!」
一階から信江お祖母ちゃんの私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「はーい!!」
私は信二兄ちゃんの部屋を出て、階下へ降りていった。
「はい!これシュークリーム。」
私は小さな箱にいれた手作りスイーツを信江お祖母ちゃんに手渡した。
「まあまあ。いつもご馳走様。」
「いいえ。私にはこれくらいしか取り柄がないもん。」
「そんなことないわよ。編みぐるみだって得意じゃない?」
「うん。でもちょっと子供っぽいかなって・・・」
「そんなことないわよ。素敵な趣味じゃない。」
「うん。信二兄ちゃんの子供に編んであげようかなって思っていたのにあてが外れちゃった。」
「え?信二の子供?随分先の長い話ねえ。」
信江お祖母ちゃんが入れてくれたお茶を飲みながら、私はパパとママの夜中の話を聞いて自分に赤ちゃんのいとこが出来るかも、と勘違いしたこと、そして家に信二兄ちゃんの親友という男が居候するという話を昨夜初めて聞いて、すごく怒っていることを話した。
信江お祖母ちゃんは私の話を聞き終わると、破顔一笑した。
「ほほほ!つぐみったら、随分飛躍した考えをしたものねえ。面白いわ。」
「笑い事じゃないわよ、お祖母ちゃん。
私の赤ちゃんを可愛がる夢が台無しになったのよ!
その代わりに、家に知らない男が住むのよ!ありえない!
パパもママもひどいよ。そんな大切な話、ふたりで決めちゃって。」
「だって、つぐみ大反対するでしょ?」
「当たり前だよ!」
私は信江お祖母ちゃんに八つ当たりするかのように、思いつくままに文句をまき散らした。
「まあまあ。つぐみ。これを見て?」
信江お祖母ちゃんはキッチンに立つと、透明の小さな小瓶を持ってきた。
「なあに?それ。」
その小瓶の中には色とりどりのギザギザが付いた丸いものが入っていた。
「これ。金平糖よ。」
「金平糖?」
「そうよ。お祖母ちゃんが小さい時、たまにこれを買ってもらうのが、すごく楽しみだったの。
甘くて小さな玉が舌の上でコロコロ転がってね。今でも大好物なの。」
「ふーん。確かにすごく綺麗・・・。」
「これね。鹿内君が私にどうぞって持ってきてくれたものなのよ。」
「鹿内君?」
「そう。信二の親友の男の子。」
たしか信二兄ちゃんが言っていた名前・・・鹿内・・・とか言ってたっけ・・・。
「すごくいい子なの。お食事もとても綺麗に残さず食べるし、お祖父ちゃんの面倒くさい説教話もちゃんと聞いてくれてね。おまけにちょっと憂い顔がセクシーで、スタイルもいいし、とにかく格好いいのよ。」
「もう。お祖母ちゃんはホントにイケメンに弱いんだから。」
「男嫌いのつぐみだってきっと気に入ると思うわ。絶対に。」
「いいえ。絶対に気に入りません!!賭けてもいいわよ?」
「そうお?何賭ける?」
「そうね。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに、温泉旅行をプレゼントしてあげる。」
「わかった。その代わり鹿内君とつぐみが仲良くならなかったら、お祖母ちゃんの大事にしているヨン様の生写真あげる!」
「ええー。いらないよ。そんなの。」
「なによ。お祖母ちゃんの宝物なのよ!」
「わかったわよ。じゃあ約束ね。」
自信満々の顔をしているお祖母ちゃんをちょっと恨めしく思いながら、私はお祖母ちゃんの小指に自分の小指を絡めた。