不倫の女
手紙を読み終えて、全く涙が出ないことが不思議だった。
彼と最後に愛し合ったときから予感していたからだ。
手紙の最後の方は、ペンのインクがなくなってしまったのか、かすれていた。
テーブルに残されたお金はタクシー代として残してくれたようだった。
エレベーターに一人で乗った。
ラブホテルから一人で帰るほど孤独を感じることもない。
彼が停めた駐車場には、既に別の車が停車されていた。
その車の前にはナンバープレートを隠すためのプレートが置かれている。
ホテルに来たとき私はいつもそのプレートを置いていた。
あのプレートに名前はあるのだろうか、と変なことが気になった。
もう彼の車にあのプレートを置くことはなくなってしまった。
そのことがなぜか酷く悲しい。
手紙では泣きもしなかったのに。
プレートを置けなくなったという事実に気づいたことで泣きそうになっている。
よくわからない。
見知らぬ車を名残惜しく眺め、その場を後にした。
タクシーは呼ばなかった。
車を置いてきたデパートの駐車場は歩いて行ける距離にはあったからだ。
帰り道は、彼の車に乗ってラブホテルに向かったことばかり思い出してしまう。
苦しいと思っていたこともあったけれど、楽しいことばかり思い出してしまう。
思い出していると笑みがこぼれてくる。
幸福な気持ちで帰ることができた。