不倫の女
「それは良かったわね。うちも私が経営者をしているから、その部分はあなたと似ているかも。嫌なことはなかった?」
「もちろんありましたよ。父が亡くなったことで、悠々自適な生活だね、って言う無神経な人とかもいましたから」
「そんな人いるの?」
いる。
何人もいた。
あれは私に対する嫉妬かなにかなのだろうか、家族が亡くなったらほとんどの人間が辛いだろう。
そんな人間に向かって、より深いダメージを与えようとしているのかもしれない、と今になって気付く。
「たくさんいますよ。大人だけじゃなくて、子どもでもいますよ。むしろ子どもの方が残酷に直球で抉ってきますよ」
「じゃあ、うちの子も今から大変なのね。それをどうやって乗り越えてきたの?」
「母は、父が亡くなってから自堕落になって、家のことを何にもやらなくなっちゃったんですよ。あと我が家は高齢出産だったのもあって、祖父母もいなかったんです。だから自分でやるしかなかったですね。といっても父が雇っていたお手伝いさんの方がいてくれたので、その人のおかげですかね。お手伝いさんが家事全般を担ってくれて、私に教えてくれました。そのお手伝いさんも母と折り合いがつかなくなって辞められてしまいましたけど」
「そうなのね。お手伝いの方がいて良かったわね。お母様は、今はどうされているの?」
「自堕落なところは治まりました。お手伝いさんが辞められて、私が家事をしていると段々良くなってきました。それまでは、なんだか母のことあんまり好きじゃなかったんです。なんだか、愛されていないような気がして。でもきっと勘違いだったんです。母も父を亡くした悲しみを私にぶつけるしかなかったんじゃないかなって、今になって思います。母が私を育てたんじゃなくて、私が母を育てたみたいなところがあるかもしれません」
「立派ね」奥様はそういってハンカチを目に当てている。
「全然、立派じゃないですけど」
あなたの大切な人を奪った私が立派なわけがない。
言葉だけみれば私に対しての敵意や悪意とも取れる発言だったけれど、奥様はどうやら本心で言っているらしかった。
ただの不倫相手に対してそこまで思えるものなのだろうか。
でも、奥様は私の幼少期を評価しているのであって、現在の私を評価しているわけではない。
すごく冷静に判断できる人なのだろう。
経営者だからこそ持てる視点なのかもしれない。