不倫の女
それから、奥様は私の子ども時代のことを聞いてきた。
翔太君と奥様のこれからの人生のために。
少しでも罪滅ぼしとなるように。
そう思いながら詳細に語った。
時間が飛ぶように過ぎていく。
薄っぺらいと思っていた私の人生は、奥様が相づちを打つことによって厚みを増していくようだった。
奥様は私の人生をなんでも肯定してくれた。
話は裕太さんとの関係性を持つところまで進んだ。
さっき話したことも伝えたり、詳細を隠しながら伝えたり、彼との話をしている間も奥様は笑って聞いていた。
自分の知らない裕太さんを知ることが嬉しいと語った。
それほど奥様の裕太さんに対する愛情が深かったと改めて知った。
完敗だ。
私はこの女性に対して、裕太さんへの想いは勝っていると考えていたこともあった。
でも、そんなことはなかった。
私が奥様の立場だったら、こうして話すこともできないぐらい相手のことを憎んでいただろう。
こうして会話をすることが赦すということなのかもしれない。
「ああ、もうこんな時間ね」
時間は深夜を回ろうとしている。
こんな時間まで葬儀屋というもの開いているのか、と不思議に思った。
「ここの会社、私の会社の系列だから割と融通が利くの」
私の疑問に応えるように、奥様が言う。
「奥様。一つだけお願いがあります。聞いてもらえませんか」
「え? そうね。内容によるでしょうけど、たくさん話を聞かせてもらった手前、断るわけにもいかないわよね。なにかしら?」
「あの、私をひっぱたいてくれませんか」
「はい……? どうしたの急に」
「むしろ殴ってほしいです。私の犯した罪が、そんなことで拭えるとは思ってもないです。でも、私のためというか。本当に自分勝手なんですけど。私が次に行くために何かケジメのようなものがほしくって。それをしたところで、何が変わるわけでもないですし、裕太さんが戻ってくるわけでもないんですけど」
本当は殺されてもおかしくはないし、訴えられて当然のこともしている。
裕太さんが死んで自分だけ、のうのうと生きていくのが嫌だ。
「まいったわね。色々な話を聞かせてもらったものね。あなたの要望に応えないのもちょっとね」
奥様は立ち上がり、私のそばにやってきた。
私は体の向きを奥様に向けた。
奥様の方が私より十センチほど身長が低く、座ったままの方が殴りやすいだろうと思い、座ったままでいることにした。