不倫の女
 狂っていると思う。
 妻子ある彼との関係性を続け元々狂っていたのだから、何を今更とも思う。

 しりもちをついたままだった私はパイプ椅子に座り直した。

 パイプ椅子はひんやりとして冷たい。凍えてしまいそうなほどだ。

 奥様は通路を挟んで座った。

「何から話しましょうか」
 奥様の顔を盗み見るように見た。
 奥様は私の顔を見ていなかった。
 視線の先には、彼の遺影がある。

 彼女の胸中に思いを馳せてしまうと罪悪感で私は死んでしまうだろう。
 だから、必死で考えないようにする。
 
 この話が終わってから、一生考えていくのだから。
 
 今だけはただひたすらに奥様の話に集中しよう。

「とりあえず私から、大沢さんにお伝えしたいのは、感謝です」

「え?」
 
 聞き間違いだろうか。
 
 感謝?

 旦那様の命を奪う原因を作った私に?

 怒りではなくて、感謝。

 怒りの方がマシではないかと感じる。

 感謝を向けられる意味がわからない。

 意味がわからないことが恐怖だった。

 さっきまでは見たくもなかった奥様から、目が離せない。
 目を離してしまったら、取って食われてしまいそうだと感じた。

「そう。感謝です。あの人は――」
 奥様は前方にあったパイプ椅子の背もたれをぎゅっとつねるように握る。
「あなたも知っているでしょう。とても心の弱い人でした。そのくせ、能力だけは変に高いから……」

 そう。
 確かにそうだ。
 彼はビジネスマンとしての能力はとても高かった。
 しかし、周りと比べて高すぎてしまったのが問題だった。
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