不倫の女
「私の友人も不倫関係を持っていたことがあってね。あなたと同じ年齢ぐらいのときだったかな。確か。その友人からよく相談を受けていたから、不倫のことを理解はできるのよ。話を聞いていると、なんというか、始めたくて始めるものではなくて、始まってしまうものなのよね……」
 
 そう。

 その通りだ。
 
 誰もが始めたくて、始めるものではないのかもしれない。
 だから、有名人の不倫のニュースが絶えることないのだと、私は彼との関係性を通して理解することができた。
 
 私たちも、どちらかが始めたくて始まったわけではない。
 
 はたから見たら、ただの不倫以外の何ものでもない。
 
 当人同士からしたら、ただの恋愛なのだ。
 
 その片方に妻子がいた。
 
 ただそれだけのこと。
 そのただそれだけのこと、を知っていながら、始まってしまうことが罪深いのだけれど。
 
 始まってしまったものを止めるのは難しい。

「始めるのって、案外あっけなく、びっくりするぐらい簡単に始まってしまうのよね。きっと。そして、終わらせることがとっても難しいのよね」

 奥様に向かって頷くことはできなかったものの、心の中で大いに共感した。

「友人もとっても苦しんでいたわ。終わらせることができないって。相手の気持ちが離れたかと思ったら急に好きって言ったり、終わらせようと相手が思ったら自分に気持ちが残っていて、よりを戻してしまったり。まあ、でも、そんなの普通の恋愛でも同じことなんでしょうけど。ちょっと状況が特殊だから、大変みたいね」

 正にその通りだ。

 彼が罪悪感で関係を止めようとすることもあった。
 そんなとき、私は激しく拒絶した。
 
 私がさみしさのあまり、別れを告げることもあった。
 そんなとき、彼はとても反発した。
 
 数日別れたこともあった。
 けれど、職場で毎日顔を合わせてしまうのだから、結局戻ってしまうことが、何度もあった。
 
 お互いに相手が嫌いで別れたくて別れるわけではなかった。
 
 不倫関係という状況が別れを考えるきっかけだったからだ。
 
 相手のことを嫌いになれていたらどんなに楽だっただろう。

「そのご友人は、結局……どうされたのですか」

 奥様はご友人のことを思い出したのか、ハンカチを取り出して涙を拭っていた。

 私は話を引き出したいわけではなかったが、沈黙に耐えきれず質問した。

「強制終了ね」
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