不倫の女
「……強制、終了ですか」

 彼の死因がどうしても頭をよぎる。

「そう。ブツンって、パソコンがいきなり真っ暗になるみたいにね。データは残っているのにバックアップできないみたいな状況だったわ。あ、ちなみに言っておくけれど、うちの旦那みたいに命を終わらせたって意味じゃないわよ。相手の奥さんに知られて、関係性を終わらせられたの」

「そうなんですね」

 私もその状況に近いだろう。

 彼が命を強制終了させてしまったのだから。

 彼とのバックアップデータがそこかしこに散らばっている。

 誰もいないことを確認しながらキスした職場。
 待ち合わせたデパートの駐車場。
 誕生日に買ってくれた髪留め。
 一緒に行ったレストラン。
 国道沿いのラブホテル。
 示してくれた価値観。
 もらった言葉――。

 それらを思い出して苦しい。

 彼が生きているときもずっと苦しかった。
 
 幸せを感じながらずっと苦しかった。

 私が彼の強制終了のスイッチを押した。
 
 直接的な原因にはならなかったとしても、遠因になったのは間違いない。
 
 自分を正当化するのはやめろ。
 
 自分でそのスイッチを押してしまったと認めたくないだけだ。
 
 バックアップは残っていても、二度と復旧できない。

 奥様のご友人の状況がありありと浮かぶ。

「そのご友人はどうされたんですか」

「今は普通に結婚して、子どもも二人いるわ。別れた後は、ちょっと酷かったわね。精神が病んで、自殺未遂も何度かしていたみたい。遺書も書いたって言ってたかな。普通の恋愛でも落ち込むことはあるけど。状況が特殊だから落ちてしまったらとことん落ちていくのよね」

 私も彼との関係性が最高潮のときに強制終了していたら――きっと。

 私がこうして、彼の後を追わずにのうのうと生きていられるのも、彼との関係性を終わらせなくてはいけない、という思いに至ったからだ。
 
 とはいえ、彼が嫌いになったわけではなかった。
 
 だからこそ、辛い。死ぬほど辛い。
 
 彼への想いはまだ鮮明に残っている。
 
 亡くなって、まだ三日も経っていない。

「友人が自殺未遂しようとしていたのは、私も悲しかったけれど、生きててくれてよかったわ。生きていたら、まあ何だかんだ、何とかなるのにね」
 
 ――ホント、バカよね。
 
 奥様は私の顔を見て言う。

 その言葉はきっと私ではなく彼に向けられている。

 私は奥様と目を合わせたが耐えきれずに前を向く。

 遺影の中の彼は吞気に笑っている。奥様の言葉に対しての苦笑いだろうか。
< 8 / 34 >

この作品をシェア

pagetop