わけあり家令の恋
「奥様、何を召し上がりますか?」
「あなたは何になさるの? わたくしはこういうところはあまり来たことがないので、何を頼めばいいかわからないの」
「さようでございましたか」

 杉崎は少し考えてから、私と幸にアイスクリームが浮かんだソーダ水を、自分にはコーヒーを注文した。
 立派なお仕着せ姿のウエイターにも堂々と対応していて、物慣れた様子だ。

(ここにはよく来るのかしら?)

 そう思ってから胸に浮かんだのは、「誰と?」という疑問だった。

(……いやだ、わたくしったら)

 杉崎が誰とどこで何をしようと……そう、たとえば休日にはきれいなお嬢さんと楽しく過ごしていても、私には関係ない。
 そもそも私は彼が仕える加瀬亮介の妻なのだ。

 それなのになぜだか胸が痛んで、杉崎の顔を見ることができなくなった。

「どうされました、奥様?」

 すぐに幸が声をかけてきたので、私は慌てて笑顔を作る。

「少し疲れたけど、何でもなくてよ。あら、ソーダ水が来たわ」

 私ははしゃいだ声を上げたが、ほとんど同時にあることに思い至った。

 先ほど夫のために選んだ毛糸は、実は杉崎によく似合う色だったのだ。
 自分でも気づかぬうちに、心の中にマフラー姿の彼を思い浮かべていたのかもしれない。
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