わけあり家令の恋
 私は思わず息をひそめた。

 もちろん二人は加瀬家を取り仕切っているのだから、何かあれば、時間に関係なく相談もするだろう。
 しかしどうもその話しぶりは仕事上の問題ではなさそうな雰囲気だった。

「今さら何と言えば……」
「事実をありのままにお話しすればいいのです。どうしてそんなことをなさったのかも」

 栄は五十代半ばで、加瀬家に長く奉公している。
 幸がいるおかげで私と接する機会はないし、口数も少ないけれど、しっかりしていて動じない印象があった。

 その栄がこれほどただならぬ口調で話すのは初めて聞いた。

 立場上なのか杉崎に対して敬語を使っているものの、まるで母親が息子を諭しているようだ。

「とにかくこのままでは、必ず後悔なさいますよ」

 しかしなおも思い悩んでいるのか、杉崎の答えは返ってこない。

 すると栄はあきれたようにため息をつき、「やれやれ」と呟いた。

「そんなにお好きなんですねえ、あの方が」

 瞬間、何かで突かれたように胸に鋭い痛みが走った。

(好きな人が……いるの?)

 苦いものがせり上がってくるようで、うまく息ができない。
 私は胸元を押さえ、浅い呼吸を繰り返した。

「よろしいですか? はっきりお言葉にしないと、お気持ちは伝わりませんよ。私はもう戻りますから、よくお考えください」

 改めて念を押すと、栄は背を向けて屋敷の方へ歩いていった。
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