わけあり家令の恋
 家令とは名家に仕え、使用人たちを取りまとめ、家政のすべてを取り仕切る仕事だ。
 杉崎はずいぶん若いが、物腰も落ち着いているし、おそらく有能なのだろう。

「どうぞよろしくお願いいたします、奥様」
「こちらこそ」

 彼の穏やかな声を聞きながら、私は再び扉を見やった。この向こうにいる夫は、いったいどんな人なのだろうと思いながら。

 裕福な貿易商として知られる加瀬家との縁談が決まったのは半年前のことだ。
 小間物問屋の番頭だったという先代が明治の終わりに貿易をはじめ、大正時代に入って急速に発展したという。

 一方で私の父は華族でありながら、時流に乗ろうと事業に手を出した。
 経験も才能もないのに成功するはずもなく、たちまち窮地に陥ってしまったが、それを救ってくれたのが加瀬家の先代当主だった。

 しかし莫大な借金を肩代わりしてもらったものの、返せる当てなどまったくない。その代わりに、息子の花嫁として求められたのが長女である私だった。

 羽根田はもともと公家の流れを引く由緒ある家柄だ。
 今は落ちぶれているとはいえ、加瀬家にとっては大いに箔がつく。それなりに意味のある縁談なのだろう。
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