わけあり家令の恋
 夫が言っているのは、部屋の中央に置かれた大きな丸テーブルとゴブラン織りのソファのことだろう。
 しかし私は立ったまま口を開いた。

「たいへん申しわけございません、旦那様。今朝はお願いがあって、こちらに参りました」
「お願い?」

 少しでも躊躇したら、先が続けられなくなる。
 私はあえて間を置かずに言い切った。

「どうかわたくしを離縁してください」

 夫は何も答えなかった。唐突な申し出に混乱しているのかもしれない。
 私は再び「離婚していただきたいのです」と繰り返した。

「勝手を申し上げているのは、よく承知しております。羽根田の家へのご援助も、時間はかかるかもしれませんが必ずお返しいたします。ですから、どうか――」
「どうしてですか?」

 私を遮り、夫が訊ねた。

「病を理由に、あなたをずっと放っておいたからですか?」
「い、いいえ」
「では、この家が気に入らないのですか? 使用人があなたに何か失礼をしましたか?」

 夫は背を向けたまま、矢継ぎ早に問いかけてきた。

 彼は離婚されるようなことは何もしていない。当然の反応だった。

「いえ、そういうことはまったくございません。みなさん、とてもよくしてくださいましたし、悪いのはわたくしなのです」
「なぜ?」

 納得してもらうには真実を告げるしかない。
 私は夫の広い背中を見つめ、覚悟を決めた。
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