わけあり家令の恋
「本当に申しわけありませんでした、桜子さん」

 それから間もなく、私たちは丸テーブルを挟んで向かい合って座った。
 私は半ば呆然としながら杉崎の、いや、正確には亮介さんである青年の言葉を聞いていた。

「こんなにあなたを苦しめてしまって……いくらお詫びしても足りないが、とにかく申しわけなかった」

 亮介さんがこの計画を思いついたのは、本物の杉崎が風邪をこじらせて入院したことがきっかけだった。
 不在の家令になりすまし、嫁いできた花嫁を放置することで怒らせて、結婚生活を壊そうともくろんだのだという。

「私は仕事に夢中で、もともと結婚する気がありませんでした。父は加瀬家のことを思い、亡くなる前にあなたとの縁談を進めましたが、私はどうしても納得できなかった。身分差がある政略結婚などうまくいくはずがないし、失礼を承知で言えば、鼻持ちならない華族のお嬢さんに時間を割きたくなかった。放っておけばあなたは怒り出すだろうが、羽根田家への援助さえ撤回しなければ、離婚にも納得してくれると思ったのです」
「まあ――」
「ところがあなたは私が思っていた人とはまったく違っていました」

 亮介さんはそこで視線を落とし、かすかに頬を染めた。

「私の体調を案じて、毎朝お茶を届け、何かと気遣ってくれた。どこまでもまっすぐで、優しくて、かわいらしくて……杉崎として接しているうちに、私はどんどんあなたに――」
< 24 / 25 >

この作品をシェア

pagetop