わけあり家令の恋
「……奥様?」
「旦那様が起きておられるなら、これを差し上げていただけますか? きっとお身体もあたたまりますし、母が前に体調を崩して何も食べられなかった時にも、お茶だけは飲んでくれましたから」

 茶碗を載せた盆を差し出すと、杉崎は少し戸惑っていたが、すぐに「かしこまりました」と頷いて受け取ってくれた。

「ただいま旦那様にお持ちいたします」
「あの――」

 その時、どうしてさらに声をかけたのか自分でもよくわからない。
 もちろん夫の様子をもっと知りたかったというのもあるけれど。

「緑茶でよかったのかしら? もしかしてほうじ茶とか、それとも紅茶とか……他のものの方がお好き?」

 すると杉崎は微笑みながら、小さくかぶりを振った。

「いえ、こちらでけっこうです。きっと喜ばれますよ」

 その返事が思っていた以上にうれしくて、私は自分も笑みを浮かべて「それでは」と続けた。

「明日も同じ時間に、ここにお茶をお持ちしてもいいかしら? あなたが旦那様に持っていってくださる?」
「承知いたしました」
「どうもありがとう」

 それから一時間もしないうちに、茶碗はきれいに洗われ、幸が部屋に持ってきてくれた。夫はお茶を飲んでくれたらしい。

 目の前にはまだ高い壁が立ちはだかっている。それでもようやく夫と私の距離が少しだけ縮まった気がした。
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