細胞が叫ぶほどの恋を貴方と
「末永さん、往来でこんな……目立ちます」
駅から出てきた人たちは、往来でバックハグをする男女を生暖かい目で見たり、邪魔そうに顔をしかめていたり、見て見ぬふりをしたりと様々ではあるが、何にせよ目立っている。
特に彼は背も高く容姿も端麗だ。何もせずとも目立つというのに。
「なに、恥ずかしい?」
それなのに彼は、珍しく積極的で、全く離してくれない。
離してほしい理由は恥ずかしいからだけではない。
数ヶ月一緒にいて、出かけて、食事をして、今更かもしれないが、往来で寄り添っているのを、彼が既婚者だと知っている人が目撃してしまったら問題になる。
夫婦関係も、県内最大手の不動産会社だという仕事も、彼が積み重ねてきた信用や信頼も、全て失う。
それでも末永さんはいつも通りの、高くも低くもなく、癖のない穏やかな声で「大丈夫だよ」と言い切った。
「……大丈夫、とは……?」
「ちゃんと話さなかった俺が悪い。俺の中では特に重要視していなかったし、それよりもキコとの時間を大事にしたかった」
「……名前」
「うん、ずっと呼んでみたかったんだけど、一度名字呼びで定着しちゃったから、タイミングが掴めなくて。これからは名前で呼んでいい?」
いつも通りの声に、今はまるでベッドの中のような艶も加わり、背筋がぞくぞくと疼く。だめなのに、また彼が欲しくなってしまう。
「で、でも……もう……」
「全部話すし、答える。だから連絡もなく急にいなくならないでほしい」
「いなくなってませんよ……?」
「ゆうべ、部屋にいなかったけど……居留守?」
「あ、ゆうべは実家に……」
「実家か、良かった……。連絡も取れないし部屋にもいないし、気が気でなかった」
そうして末永さんは、もう離さないという意思表示か、わたしの肩とお腹に回した腕にさらに力を込める。いい加減苦しいし、通行人の視線が痛い。
そこでわたしは、離してもらうための秘策を実行に移した。先ほどから少し気になっていたことだ。
「話も聞きますし、名前呼びもいいのですが、わたしの本名、キコではなく芙希子です」
「え……?」
思った通り腕の力が緩み、振り返ると末永さんの絶望に満ちた表情が見えた。