細胞が叫ぶほどの恋を貴方と
そんなわたしの心配など知る由もないケイさんは「ハグもしておく?」と呑気に言った。
「おい、ケイ」
「ケイさん、それはちょっと……」
末永さんと同時に抗議したけれど、この人のマイペースは、この一年でよく理解している。抗議を聞くつもりなどないケイさんは、わたしの背中を軽く押した。緊張であまり力が入っていなかったわたしの足は、されるがまま末永さんの方によろけ、そして彼の胸に激突したのだった。
柔らかな香りが鼻腔をくすぐり、今度こそ心臓が飛び出してしまう。焦って身を捩り、そして、静止した。ケイさんの呑気な「はい仲良し仲良し」という声が、やけに遠くに聞こえる。
末永さんもまた、わたしを支えるために肩に手を置いたまま、静止していた。
わたしの下腹部に「何か」が当たっていたからだ。「何か」はとても硬くて、熱を持っており……。瞬間、身体中の細胞という細胞が、ざわっと騒ぎ出す。彼が欲しいと、叫び出す。
ただしそれは、わたしの細胞の話だ。わたし自身は混乱し、二十代も後半だというのに少女みたいに顔を真っ赤にして、言葉を失う。
末永さんの力強い手によって身体が離れても、まだ言葉は出てこなかった。
見ると、末永さんも耳まで真っ赤にして、困惑をその整った顔に浮かべている。それを掻き消すほどの強烈な色気もあり、わたしはまた、細胞の悲鳴を聞いた。
「キコちゃん? ユキト?」
わたしたちの様子がおかしいことに気付いた香代乃さんが怪訝な顔をし、それを見たら、ようやく足に力が戻ってきた。理性が働いてくれたのだ。人様のお店で、発情している場合ではない、と。
一歩二歩と後退り、頭を下げる。
「せ、洗濯物を取り込むのを忘れていたので、今日はこれで失礼します……!」
苦しい言い訳だと思うし、失礼だとも思う。それでも今はここから逃げ出さなければ、悲鳴を上げる細胞たちに、降伏してしまいそうだった。