細胞が叫ぶほどの恋を貴方と

 翌、日曜日。いつもなら昼過ぎには「クヴェレ」に行って本を選び、香代乃さんがハンドドリップで丁寧に淹れた美味しい珈琲を飲んで過ごすというのに。
 今日は迷いに迷って、未だ立ち上がれずにいる。

 毎週末の習慣だったのだから、明日からの英気を養うために行きたい。けれどクヴェレに行けば末永さんのことを思い出して、また細胞が騒ぎ出すかもしれないという恐怖もある。万が一店に末永さんがいたら、どこまで理性を保てるか分からない。

 けれどこの一年、どれだけ長時間居座っても、末永さんは来店しなかった。だから出くわす可能性は限りなく低い。
 でも……でも……と、うだうだ悩み、陽が傾いていく。

 食事もとらず、掃除や洗濯も、読書すらもしないというだらしのない一日を過ごしてしまった。
 せめてシャワーを浴びてさっぱりして、夕食くらいはとらないと、と立ち上がったとき。
 来客を告げるチャイムが、部屋に響いたのだった。



 ドアを開けると香代乃さんは、わたしの身体中をべたべた障り、顔を覗き込んで、安堵の息を吐いた。
 どうやら、毎週欠かさず閉店まで長居するわたしが来店しなかったため、急病や怪我で動けないのではないかと心配してくれたらしい。

 もしものときのために手製のサンドウィッチと、保温容器にコーンスープを入れ、道中のコンビニでスポーツドリンクとゼリーを買って来たという。手厚い。けれどわたしは急病でもなければ怪我もしていないので、香代乃さんに謝罪とお礼を言って、部屋に招き入れた。

 ふたり揃って、香代乃さんが持って来てくれたサンドウィッチを食べた。厚焼き卵のサンドウィッチと、スモークサーモンのサンドウィッチの二種類である。
 厚焼き卵はふわふわで、からしマヨネーズが塗られており、ほんの少しのピリ辛が食欲を誘う。
 スモークサーモンのサンドウィッチには、きゅうりや玉ねぎの他に、チーズとクリームチーズが入っていて、なんだか贅沢だ。

 昼からずっとそわそわし、閉店したらすぐにわたしの部屋を訪ねようとしていた香代乃さんに、ケイさんが作って持たせてくれたらしい。本当に手厚い。

「ご心配をおかけしました。ちょっと出かける気にならなかっただけで、元気です」
「それなら良かった。実は今日キコちゃんが店に来たら、どうしても話したいことがあってね。待っていたの」
「話したいこと、ですか?」

 すると香代乃さんは持っていたスープカップを置き、急に姿勢を正す。何か重大な話題なのかと、わたしも正座して身構える。


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