細胞が叫ぶほどの恋を貴方と
ここまで話すと緊張はだいぶ解けてきた。不思議な状況に変わりはないが、この穏やかな会話のやりとりが、とても心地良い。
だから何の気なしに、こんなことを訊いてしまった。
「そういえばさっき、ケイさんから渡された紙袋、玄関に置きっぱなしですが、大丈夫ですか?」
すると末永さんは「忘れてた」と言って立ち上がり、玄関に向かう。けれどいつまで経っても戻る様子はなく、不思議に思って後を追った。
末永さんは玄関に立ち尽くしていた。そんなに衝撃的な物が入っていたのだろうか。ぴくりとも動かない広い背中に声をかけると、途端に肩が跳ね、足下にどさどさと何かが落ちる。
それを目で追うと、末永さんの硬直の意味が分かった。なるほど、これは衝撃的だ。
足下に落ちたのは、何種類ものスキンの箱と、コンビニで買ったと思われる袋入りの女性用下着。それに化粧水やメイク落とし、歯ブラシ、口臭ケアのタブレットまであり、明らかに「そういうこと」をするためのセットだった。
ギギギギという効果音が聞こえそうなほどぎこちなく振り返った末永さんは「すみません」と掠れた声で謝罪して、「いえ」と返したわたしの声は驚くほど震えていた。
もう手遅れだと思った。すでにわたしの耳には、昨夜聞いたのと同じ、細胞の悲鳴が聞こえている。どうしようもなく彼が欲しいと叫んでいる。
一歩二歩と距離を縮め、彼を見上げると、潤んだ瞳と真っ赤になった耳がよく見えた。
たぶん末永さんももう手遅れだと察しているだろうに、最後の抵抗なのか「家まで送ります」と掠れた声で言う。そんな表情と声で言われても本心だとは思えないし、わたしだってきっと似たような表情をしている。それを見た上で、ここで解散はひどすぎる。
「……本当に?」
もう一歩距離を縮めてから問うと、彼は苦しそうに眉根を寄せて、こう言った。
「あのふたりの思う壺っていうのが癪なだけです……」
「手厚いですよね」
「泉さんは、良いんですか?」
「だめに見えます?」
「見えないから、困っています」
「末永さんこそ」
「本当にね……」
会話はここまでだった。わたしたちはぶつかるように抱き合って、触れ合っていない部分を失くすよう、急いで唇を合わせた。