片翼を君にあげる③

……
…………。

彼女と過ごす時間は私にとってあっという間で……。気付けば、一緒に訓練を始めて十年以上の歳月が流れていた。

この頃になると、彼女はもうすっかり大人の女性となっていた。
これ以上、傍に居てはいけない、と。彼女と一緒に居ると自然と高鳴る鼓動が、警告音のように私の身体に響く。

「お幾つに、なられましたかな?」

「あら、忘れましたの?明日でちょうど18よ」

訓練終わりに尋ねると、彼女は結んでいた髪を解いて答えた。顔を軽く振って、フワッとした髪を空になびかせながら、少しだけ両口の端を上げて微笑む。
そんな彼女に、私は言った。

「では、本日までと致しましょう」

「……え?」

「こうして二人きりで訓練をするのは、今日で最後です」

「……瞬空(シュンクウ)?」

あの事件以来、彼女から少女のような笑顔は消えていた。

出来ればもう一度、あの無邪気な笑顔を見たかったーー……。

そう思って、訓練と言う口実で傍に居た。
本当は、自国で成人と見做(みな)される15歳に彼女がなったら、こうして二人きりの時間を設けるのはやめようと思っていた。
けれど、つい……。もう一度だけ、あと少しだけ、と一緒に居られる時間を延ばしていた。

でも、もう終わりにしなくてはーー……。

「免許皆伝です。
貴女様は充分にお強くなられた。私が教える事は、もう何もありませぬ」

お世辞ではない。
彼女はこの時すでに、余程手練(てだ)れの者以外は誰も太刀打ち出来ない程に強くなっていた。
だから、もう大丈夫、と自分に言い聞かせた。

「師弟関係を解消致します。
明日からはまた、貴女は私にとって最高責任者(マスター)の御息女であり、夢の配達人の秘書。
こうして特別な時間を設けるのは、おしまいです」

彼女の顔が、見られなかった。
「では」と言って頭を下げると、上身体を起こすと同時に、逃げるように背を向けて歩き出す。

けれど、その直後ーー……。

「……嫌」

小さな、か弱い声と共に、私は背中にこれまで感じた事のない温もりと柔らかさを感じた。

彼女が、私の背に抱き付いていたのだ。
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