片翼を君にあげる③
暫くして……。
「瞬空。
私ね、実は今日……貴方と、最後の恋人としての時間を過ごすつもりでこのデートに来たの」
呟くようにそう言って、ノゾミは苦笑いした。
私は黙って、聞いていた。
「貴方が入院して、一緒に過ごした二週間。私は本当に嬉しくて幸せだった。
……でも同時に、"今この時"が最高の瞬間なんだ、って思ったの」
ノゾミが私から他の場所へゆっくりと視線を向ける。
その先に居たのは、幼い子供を連れた夫婦。仲睦まじい、家族だった。
「作り話では、よく「愛があれば、何でも乗り越えられる」って言うわよね?
けど私には、そんな風にかっこいい事は言えない。……言えない、って、気付いてしまったの」
ノゾミの瞳から流れる一筋の雫。
その涙の意味が、私には分かってしまった。
そして、美しい涙がまるで私の心に落ちたように、沁みた。
自然と、指輪を差し出していた私の手が引くと、ノゾミが口を開こうとした。
が、私がそれを遮る。
「瞬空、ごめ……」
「ーーすまなかった」
「え?」と、ノゾミが驚く。
私は、言葉を続けた。
「謝るのは私だ。其方ではない。
私は、今の今まで分かっていなかった。其方に指輪を贈る、本当の意味を……」
分かったつもりでいた。
指輪を用意すれば、愛の形を用意すれば、ノゾミが喜んで笑顔で付いて来てくれると思っていた。
付いて来てくれるーー。
ノゾミの為に何かしたい、と思いながら、結局は己の為である愚かな考えしかなかったのだ。
彼女の涙で、ようやくそれに気付く事が出来た。
「私の為に、其方が全てを捨てる事はない。謝る事もない。
私も同じなのだ。其方の為に、自分の国や今ある立場を、捨てる事など出来ぬのだから……」
ーーそう。
やっと、気付いた。
私に彼女を想う本当の気持ちがあるのなら……。
彼女を本当に心から幸せにしたいのならば……。
『国も、今の立場も捨てる。
何もなくなるが、私と一緒に生きてほしい』
そう、互いに対等な立場で、指輪を贈らなくてはならなかったのだ。