片翼を君にあげる③
店主さんは、黙り込んだ。
「違う」という否定も、「何を冗談言っているんだ」という誤魔化しの言葉も言わなかった。
俺は続ける。
「安心して下さい。俺は別に、どうこうしたい訳じゃありません。
レノアに言うつもりも、世間に公表するつもりも勿論ありません。
ただ、レノアの……。大切な女性の実の父親にも、祝福してほしいと思いました」
何故、店主さんがレノアの父親なのか?
なんて……。理由なんて、どうでもいいんだ。
ただ、
店主さんが居たから、レノアはこの世に産まれて来る事が出来たーー。
俺は、その奇跡に感謝してる。
例え大っぴらに出来なくても、店主さんにレノアを娘として愛する気持ちが少しでもあるのなら、何らかの形で俺達の未来を祝福してほしいと思ったんだ。
指輪の件を引き受けてくれるのならば、俺は深く追求する必要はないと思っていた。
けど、店主さんが静かに言った。
「何故、分かったんだい?」
俺は答える。
「俺、ローレンツが造る作品はあんまり好きじゃないんです」
ローレンツ。
それはこの世界で有名な彫刻家だ。
彼は数々の作品をこの世に送り出したが、俺から見たら本当の意味で評価が良かったのは最初の方の作品だけ。その後に続く作品は、"ローレンツが手掛けた作品"というだけで売れたような作品ばかりだった。
けれど、そのローレンツが手掛けた最後の作品だけは違った。
「俺がローレンツの作品で唯一良いと思ったのは、『育みの女神レノアーノの像』」
俺がそこまで言うと、店主さんが自分の左手で手首のない右手を握った。
やはり、と、確信に変わる。
「良いと思う筈です。だってあれはローレンツが造った作品なんかじゃない。
貴方があの作品の本当の作者だ。自分の実力に限界を感じたローレンツが、貴方から奪った作品ですよね?」
これは、天使の瞳で見た真実じゃない。
育みの女神レノアーノの象と、このアクセサリー屋に置いてある数々の作品を見て俺が惹かれた心から導き出した憶測だ。