片翼を君にあげる③
(5)ツバサside
足を踏み入れた広間全体を包むような異様な空気。
その正体は、自分の祖父であるシャルマの能力ーspellbindーだった。
spellbindは、簡単に言えば人に暗示をかけ、強制的に操る催眠術のようなものだ。
spellbindにかかった者は、かけた者の意のままに操られてしまう。逆らう事は出来ない。
ただ、その能力の凄まじさ故か、人がspellbindにかかる為にはいくつかの条件があり、簡単に……。つまり、短時間でかかる事はあり得ない。
それに、他の天使の能力 同様、その能力は同血族には効きにくく……。
そう、俺の父親ヴァロンを祖父に持ち、少なからず天使の血を受け継いでいるランが、簡単にspellbindに堕ちる可能性は極めて低い筈なんだ。
けれど、もし、本当にランがspellbindにかかっているのならば……。レノアにナイフを突き立てた、と言う事にも頷ける。
レノア、もしくはアッシュトゥーナ家に怨みを持つ者がランに能力を使い、操っている。
一体誰が?
何の目的でーー……?
そんな想いを巡らせていると、広間内に人の気配を感じた。
ザワッと鳥肌が立つ。感じるのはラン一人だけではなく、複数人の気配。
身構えると、広間の奥から出てきたのはやはりランだけではなかった。ランを中心に、その周りに居るのはおそらくこの家の使用人達。
どうりで邸内に使用人の姿が見えなかった訳だ。
使用人達も、操られてるっ……!
使用人達の目は虚ろで、手にはナイフなどの刃物が握られている。
そして、その真ん中にいるランも手には折り畳みナイフを持ち、青白い顔で焦点の合わない虚な瞳をしていた。