*結ばれない手* ―夏―
「お前……何しに来た」

 地面から響くような、説教をする時と同じ地獄の声。

 そしてその顔もいつになく険しい。

「あらん……相変わらずつれないのね。こうしてわざわざ出向いてあげたと言うのに」

 その恐ろしい声で明らかな通り、歓迎されているとは言えない状況ながら、杏奈はおどける余裕を見せた。

「帰れ。ここはお前の来る所じゃない」

「そうね。そして貴方のいる場所でもないわ」

「──っ!」

 形勢は杏奈の方に向いているようだった。

 この恐怖の説教声にここまで上を獲り、負けない人物が存在するだなんて──モモは二人のやり取りに声を出せず、そして身動きすらも取れなかった。

「……用件があるならさっさと言え。俺は帰らないがな」

 凪徒の頬はすっかり強張(こわば)り、焦りの色も見える。

 こめかみに夏の暑さとは違う汗も噴き出している。

 一方杏奈は繊細なレースの日傘の下で、涼しげな表情を変えることはなかった。

 更に繋がる返しの一言。

「おじ様が動き出したの」

 そう言って下唇に同じ色の長い爪をした人差し指を寄せ、ニッと笑った。


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